Vol.24 | エヴァン・パーカー@デラックス2000年
Evan Parker @DELUXE in 2000
(C)2012 横井一江 Kazue Yokoi

 今から30年以上前のことである。あるレコードに耳が釘付けになった。
 エヴァン・パーカーのソプラノ・サックスによるソロ作品『モノセロス』(1978年録音)である。スピーカーから出てくる音はピョロロヒョロロと途切れなく延々と続く。息継ぎはどうしているのだろう。しかもサックスは単音楽器なのに、複数の音が鳴っている。多重録音かと思ったが違う。どのようにしてあのような音が出ているのか。皆目わからない。なんとも不思議なレコードだった。ひとつだけ確かなことは、ソプラノ・サックスによるソロ演奏のアルバムだということと、それがすごく耳新しく、面白かったということだ。
 当時はフュージョン・ブーム。その傍らでフリージャズもしぶとく生き延びていた。ヨーロッパの前衛達もしかり。だが、例えばペーター・ブロッツマンに代表されるようなサックスの音、分厚い音塊に圧倒され、咆哮するようなブローになぎ倒されることに少々飽きていたのかもしれない。とにかく新鮮だったのである。
 ジャズにおいてソプラノ・サックスといえば古くはシドニー・ベシェ、だがなんといってもジョン・コルトレーンとスティーヴ・レイシーが代表的存在だ。しかし、エヴァン・パーカーのソロは彼らが到達した地点を超えていた。その遙か先を見ていたのだろう。
 当時、彼の編み出した奏法は「ノン・ブレス」という言葉で語られていた。通常の息継ぎをしないのでそういう表現になったのだと想像するが、今考えるとおかしな言葉である。実際に彼が行っていたのは循環呼吸法とマルチフォニック奏法を組み合わせたもの。いずれもそれ自体は既にあった奏法で、循環呼吸法はトラディッショナル音楽で、マルチフォニックス奏法も他の木管楽器、クラリネットやオーボエ、フルート、バスーンでは用いられていたという。それらを組み合わせた独自の奏法を用いることで、即興演奏を倍音やノイズ成分を含めた音響的な側面からも試行錯誤していたのだった。そして、サックスによる演奏表現の領域を大きく広げたのである。彼はジャズだけではなく、若い頃から初期の電子音楽にも興味をもっていた。そのような音楽的嗜好があったからこそフリージャズからの大きな転換が可能だったのではないだろうか。
 『モノセロス』がいかに衝撃的なアルバムであったかをエヴァン・パーカーに話したことがある。にんまりと笑って嬉しそうな顔をした。でも、今ではみんな同じようなことをやっているねと言ったら、「それは革新者の宿命である」とかなんとか。その言葉に真似されてこそ本望、クリエーターとしての自負と懐の深さを感じたのだった。
 実際、今では彼の開拓した奏法を用いるミュージシャンは少なくない。だが、どこか大きく違う。エヴァン・パーカーは言った。「音楽の中に驚きや新しい発見を求めるのは、即興演奏家だからだろう」と。求めるサウンドを表現するには、そしてサムシング・ニューを発見するには、奏法そのものを開拓し、アップデートしていく必要があった。彼にとって音楽表現を追求することは楽器奏法を探求することと不可分に結びついている。ゆえに彼は二重の意味で革新者となったのである。即興演奏そのものと楽器奏法のそれぞれで。フォロワーの音楽との強度の違いは、そんなところからきているのかもしれない。

 

 そんなエヴァン・パーカーを単独で最初に日本に招き、ツアーを行ったのが、仙台でjazz & NOWというジャズ喫茶をやっていた故中村邦雄だ。1982年のことである。その後、jazz & NOWの名前を引き継いだ寺内久は数年に一度ぐらいのペースで主にイギリスの即興演奏家を招聘している。その寺内がエヴァン・パーカーのエレクトロ・アコースティック・カルテット(エヴァン・パーカー (ss, ts) 、ジョエル・ライアン(signal processing instrument) 、ポール・リットン(percussion, live electronics) 、ローレンス・カサレイ(signal processing instrument) )のツアーを行ったのが2000年。この写真を撮影したのはその来日時である。
 場所は麻布十番にあったデラックスで、エヴァン・パーカーのソロ・ライヴが行われた日だった。そこは元倉庫で、建築やグラフィック・デザインの会社、東京エールという地ビールの醸造会社などがシェアして使っていたのだが、広いスペースを活用して何かできないかと月1回ぐらい実験的な音楽のライヴを始めて程ない頃だったように記憶している。ちなみに、その東京エールのひとりが後にスーパーデラックスを立ち上げたマイク・クベックである。
 開演前にそこでエヴァン・パーカーにインタビューしていたら、東京エールが出てきた。彼はそれを飲みながら、東京でアメリカ人が英国のエール・ビールを醸造していることを面白がり、ひとしきりビール事情についての話で盛り上がったところでこう言った。「ビールの世界も音楽の世界に似ているね」。個性豊かでおいしい地ビールだが、一般的な流通網から外れたところにある。確かにその状況は、マイナー・レーベルが置かれている状況と似通っているのかもしれない。彼はつづけた。「今はインターネットがある。インターネットは、地ビールやインディペンデント・レーベルといったマイナーなものに興味のある人々と供給者を結びつけるのにとても有効な存在だと思う」。
 天井が高く、ロフトのようなデラックスのスペースは、ホールのような音響は望めないものの、エヴァン・パーカーのソロを聴くには、ライヴハウスよりも適していたように感じた。『モノセロス』を録音してから20年以上経つ、あのLPを最初に聴いた時のような衝撃は既にない。聴けば演奏者がわかる音、クリシエといえばクリシエなのだが、そこに留まっていないサムシング・エルスがあった。それは、彼自身が常に何か新しいものを求めているからなのだろう。そして、サックスでどれだけのことが出来るかを現在形で探っているからである。それは細部に宿っているので、それとはっきり気がつかないのだが、奏法もサウンドそのものも更新されていたに違いない。
 デラックスでのインタビューをエヴァン・パーカーはこう締めくくった。
 「私にとって、音楽は仕事ではない。それは人生であり、すべてなんだ。私には趣味がない。音楽が仕事であり、休暇であり、趣味であり、人生なんだ」
 カッコイイ、カッコよすぎる。こういうセリフがキマる人物は滅多にいない。

横井一江:北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年〜2004年)。趣味は料理。

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COLUMN
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#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
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・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
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