音の見える風景  


Chapter26.ミルト・ジャクソン
撮影:1984年3月19日
   郵便貯金会館ホールにて
photo&text by 望月由美




お正月、元旦にはMJQの<ゴールデン・ストライカー>を聴いた。コニー・ケイ(ds)のベルの音が金色となって部屋一面にひろがる。そしてミルト・ジャクソンンの奏でるテーマが明るく華やいだ輝きをあたえてくれる。さあ、一年の始まりだ、とハピーな気分になる。ミルトは1月1日の生まれでもあり正に元旦にふさわしい。例年、年の初めにはマイルスの『スケッチ・オブ・スペイン』(CBS)とMJQの『大運河』(Atlantic) を聴くのが慣わしとなっているが、今年はとりわけミルトのヴァイブがいちばん心に響いた。

 ミルト・ジャクソンは折目正しいMJQのなかでちょっと窮屈そうだとか、ジョン・ルイスとの間に確執があったとか云われたりもしたが、私の頭のなかではジョン・ルイス(p)といちばん馬が合っていたのはミルトだと思っている。ジョン・ルイスのアイデアで端正に練り上げられた格調高いアンサンブルの中を突き破るようにスリリングなソロをとるミルトがいるからMJQがジャズの世界で20数年も不動の位置を保ち続けられたのだと思う。だれにも真似の出来ないミルトの真骨頂はバラードとブルース、そしていっぱい、いっぱいのソウル。そのミルトの最も美味しい部分を熟知して最大限に活かしたのがジョン・ルイスなのだ。ジョン・ルイスはそれをMJQのフォーマットで効果的に活かしたのである。もともと、MJQはディジー・ガレスピー楽団のリズム・セクションだったミルト・ジャクソン、ジョン・ルイス、レイ・ブラウン(b)、ケニー・クラーク(ds)の四人でスタートしたもので、ミルト・ジャクソンとジョン・ルイスは気の合う音楽仲間だったことは想像に難くない。

 ミルト・ジャクソンを端的に表現したのがアトランティックの何枚かのアルバム・タイトルである。アトランティックでの1stアルバム『バラード&ブルース』、クインシーとの『プレンティ・プレンティ・ソウル』、そしてレイ・チャールスとの『ソウル・ブラザーズ』。この3作のタイトルがミルトの音楽の全てを語ってくれている。これ以上ミルトについて語る言葉はいらない。ミルトの根っこの部分の真髄をつぎつぎと導き出して音にしてくれたアトランティックのネスイ・アーティガンの慧眼に敬意を表したい。

 ミルト・ジャクソンは1923年1月1日、デトロイトの出身。1945年、ツアーでデトロイトを訪れていたディジー・ガレスピー(tp)がミルト・ジャクソンのプレイを聴いてびっくり驚嘆、そのままニューヨークにミルト・ジャクソンを連れて帰ってしまったのだそうである。ひょんなことからニューヨーク・デビューしたミルトはパーカーやモンク、マイルス、タッド・ダメロンなどのビッグと共演をかさね、一躍ニューヨーク・シーンのトップに躍り出る。かわったところでは、ウディ・ハーマン・オーケストラでフィーチャーされたこともある。

 

 7歳の時にギターを始め、11歳でピアノを習い、ハイスクールに通う頃からヴァイブを弾き始めたのだそうである。ミシガン州立カレッジで音楽を学ぶ。最初にデビューしたのは16歳の時、ゴスペル・カルテットのシンガーとしてであったというから、こと音楽に関しては天賦の才能を身につけていたようである。ギターはレイ・チャールスとの共演時に、ピアノはよくジャム・セッションなどで弾いている。1981年に来日した時のオーレックス・ジャズ・フェステイヴァルではアート・ブレイキー(ds)、レイ・ブラウン(b)とピアノ・トリオを組み、フロントのスタン・ゲッツやマリガンの伴奏をして楽しませてくれたし、アルバム『ソウル・ビリーヴァー』(Pablo)ではいわゆるSings&Plays、全曲ヴォーカルを聴かせてくれている。そうした本職のヴァイブ以外のギターにしてもピアノ、そしてヴォーカルにしても、そのどれもがミルトらしさをにじませているところが天性のプロだな、と思わせる。

 なかでもミルトの唄う<I've Lost Your Love>は聴いた瞬間とりこになってしまい、以来マイ・フェイヴァリット・ソングのひとつになった。プレステイジ盤ではなく、サボイの『Meet Milt』(MG 12061 )のヴォーカル・ヴァージョンの方である。ミルトの声にはチェット・ベイカーのような中性的な憂いはないし、むしろ骨っぽい。シンプルにそしてストレートに語りかけてくる。<I've Lost Your Love>という曲名と、あまりのメロディの甘さに恋愛映画かなにかに使われたスタンダード・ソングかと思ったがミルト・ジャクソン自ら作曲し歌詞も自分で書いた自作自演であった。ミルトは他のアルバムでも自分で作った曲に自分で書いた詩をのせて唄っているが、ミルトの書く歌詞にはLOVEという言葉が多い。シャイなミルトの歌声には失った恋のつぶやきがよく似合い、聴くもののハートをとらえてしまうのである。

 ミルト・ジャクソンはMJQを離れてからはレイ・ブラウンとの双頭グループでの演奏が多くなる。2人はガレスピー楽団以来の仲のよい親友で、ミルトはアルバムのプロデュースもレイ・ブラウンにしてもらっているほどである。2人はミルト・ジャクソン=レイ・ブラウン・グループで何度か日本を訪れているが、写真は'84年の春に来日した時のワン・ショットである。ミルト・ジャクソン、レイ・ブラウンのほかにシダー・ウォルトン(p)とミッキー・ロッカー(ds)が加わったMJQと同じ編成であったが、シダー・ウォルトンの小またの切れ上がったハード・ドライヴィングなピアノがMJQとは全く異なったグルーヴィーな世界を繰り広げてくれ、ミルトに火をつけた。このときのディーガン製のヴァイブからたたき出される、まったりとしたヴァイブレーションとまばゆいばかりに艶やかなトーンはハートフルでソウルフル、ミルトが弾くとどんな曲でもブルースになってしまった。


望月由美

望月由美:FM番組の企画・構成・DJと並行し1988年までスイングジャーナル誌、ジャズ・ワールド誌などにレギュラー執筆。 フォトグラファー、音楽プロデューサー。自己のレーベル「Yumi's Alley」主宰。『渋谷 毅/エッセンシャル・エリントン』でSJ誌のジャズ・ディスク大賞<日本ジャズ賞>受賞。

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