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 Vol.69 | リチャード・デイヴィス 1973 NY  text by Seiichi SUGITA



雨降りでもないし、透析もないので、ちょいと、印象派の勉強でもしよう。
「最近、植草甚一に似てきましたね」なんていわれると、ウレシ、ハズカシとでもいうのでしょうか__。「いやあ、ぼくには、ニューヨークに行かないで、ニューヨークのことを、書けませんよ(笑)」なんて、テレたりして。どうせ似てるというのなら、ぼく的には殿山泰司の方がうれしい。殿山はフリー〜ニュージャズを愛していた。そういえば、最近、鎌倉の<殿山>にしばらく飲みに行っていませんね。
 お気に入りのロッキング・チェアに座り、ふだんは、あまり目を通したことのない『ドガ』(1834 - 1917)の画集に目を通す。ドガって、踊り子だけを描いていたわけではないんだね。ほぼ、同じぐらいの数の楽士を描いている。
 アロワナ は、いつものように悠然と泳ぎ、ときどき僕を凝視する。
 午さがりの、時間が止まる。
 じっくりと、『ドガ』に目を通す。まったく記憶からはずれていた。最高に惹かれるのは、「髪をすく女」だ__。たった1枚の絵にこんなに敏感になるのも珍しい。紙/パステル/80x56.8cm/1887~90年頃の作。
 最初に見たとき、これが一連の「湯あみする女」の1枚だとは思わなかった。女が裸であることすら気づかない。髪の根元を握りしめ、ストレートな長い髪をくしですいている絵は、どう見ても、ぼくには、コントラバスかチェロを弾いている絵以外の何ものでもない。
 何も大きな油絵じゃなくたっていい。いわゆる小品こそ、グサリと人の心に響くってもんだ。予期せぬ衝撃を受ける。生まれてこのかた、ドガが初めて稀代のアーチストだと知る。この連作は、メトロポリタン美術館にもあるというが、まったく記憶にございません。参考までに、ドガが鋭い感性を発露しつくしたとさえ思われる。この小品は、パリ<印象派美術館>に所蔵。また、ジャズが聴こえてくる写真を撮ってみたい。
 ドガはパリで生まれ、1917年にパリで死去しているから、50歳代の作品となると、やっぱりルーツも気になる。父はイタリア人。イタリアの銀行のパリ支店長。母は仏植民地時代のニューオーリンズの出身。おそらく、クリオールを何人もやとっていて、ニューオーリンズ・ジャズを、まるで子守唄のように聴いていたに違いない。ジャズもシャンソンも、当時の巴里では、そんなに区別がなかったのかも知れない。日本の金井英人(b)がその旋回の基軸であった<銀パリ>や<ACB(アシベ)>のようにね。だったらますます楽しくなっちまいます。
 むかしは、音楽って今よりずっとふところが深く、未分化だったのです。「髪をすく女」が、いま、まったりとたゆとうように、午さがりに奏でているのは、ジャズである。ぼくは、いつになく敏感にインスパイアされる。
 むしょうに何か聴きたくなって、レコード棚に向かう。
 ヴィスコンティが死の直前に聴いたのは、ブルックナーの『第10番』。寺山修司の祖父が、籐椅子でひなたぼっこをしながら死んでいったとき、かけていたのが『指輪』(ワーグナー)。そして、ヒトラーが死の直前にフルトヴェングラーを格納庫に呼んで演奏させたのが『第九』(ベートーヴェン)等々が頭をよぎり、レコード棚をあさる。
 ちなみに、ぼくが手術中にいつもかけてもらうのは、『ヴィレッジ・ヴァンガードのビル・エヴァンス』(Riverside)。あまりに通俗的ではありますが、いやあ、あのスコット・ラファロとのコラボは、もう、たまりません。

 

 ぼくは、一体、最後に何を聴きながら死んでいくのだろうか?
 ベースだったら、バール・フィリップス、チャーリー・ヘイデン、ロン・カーター、いやいや、リチャード・デイヴィスもいい。ジョン・コルトレーンの『アゲイン』(Impulse)の<マイ・フェイヴァリット・シングス>のイントロもいいよね。
 ロン・カーターはやっぱり、マイルスとやっていた時代に“華”がある。アンソニー・ウィリアムス(ds)もいいよね。それ以外で感心したのは、1974年のロン・カーター。いわゆる“ユルフン”奏法って感度が高く、カッコイイ。ウラをとったわけじゃないけど、日本に来たときは、絶対に自分の楽器は弾かないって、本当なのかしら。「ぜひわたしの楽器を使ってください、という日本のミュージシャンでごったがえすそうな。サインももらえるんだろうね。ロン・カーターが弾くと箔が付いてよく鳴るようになるんでしょうか?自慢じゃないけど、ミュージシャンのサインなんて、一度ももらったことがない。どうも、通俗的なことに触れてしまったけれど、通俗的なものを芸術にまで昇華させるのは、ひとそれぞれってこと。ロン・カーターは、“ユルフン”を昇華せり!?
 リチャード・デイヴィスで、最も心に響いたのは、1973年夏、セントラル・パークでのこと。その夏、1週間ほど、セントラル・パークでいわゆるニュー・ジャズ系のステージと出会ったが、何てったってリチャード・デイヴィス劇場が最高ではあった。
 ベースという楽器は、一般には地味なリズム・セクションと考えられているようだけれども、70年代に突入してからのベースは、ユニットにおける表現者としてまったく対等に存在する。
 ドン・チェリーと共演したチャーリー・ヘイデンもリチャード・デイヴィスと同じスタンスにあり、ときにドンをリードする。ステージで母親と演奏するイーグル・アイ・チェリーなんて、まだほんの幼な児。血統とか環境ってやっぱり大切ですよね。ドン・チェリーの妻君は、北欧の原住民だときく。ステージ、所狭しと掲げられている織り物は、妻君の作。親子の衣裳もやはり妻君作。翌74年にチェリー一家は来日しているが、織り物、衣裳はまったく同一のものを持って来ている。
 その日のリチャード・デイヴィスは、ユニットの規範をすっかり乗り超え、ユニットを完璧なまでにセントラル・パークの全体を自分の空間にしてしまっている。
 後日、日本で中村達也(ds)の『ソング・オブ・パット』(Trio)のジャケット写真を撮影する機会を持ったのだけれど、ここでのリチャード・デイヴィスのインスピレーションは凄い。若き日のオリヴァー・レイク(as)も参加していて、リチャード・デイヴィスの作品として、ぼくはまず、筆頭にあげたい。リーダーは達ちゃんだけどもね。
と、まあ、いろいろレコードの森を散策するのは楽しいもの。今日はやっぱり、バール・フィリップスのソロ『Unaccompanied Barre』(Music Man)にしよう。吉沢元治(b)が一時凝っていました。DENON MC-1(カートリッジ)をまるで儀式のように、DENONのDD(ターンテーブル)におもむろに降ろしたとたん、あの激震が2度も突き上がる。イントロの感度の高さで、人の心に響かせるLPの代表としてバールのソロをぼくは位置付けているのだけれど、何がいま起きているのだろう。バールのイントロを十二分に堪能しないうちに、針は飛んでしまう。こんなんだったら、オルトフォンのもっと重いのにしとけば良かった。
 水槽の水が左右にあふれそうになる。
 アロワナは、じっと底で止まったまま。ときどき、ぼくをにらみつける。激震が終わると、アロワナは再び、泰然と回遊を続ける。古代魚であるアロワナのテリトリーは、だいたい1キロ平米。寿命は30年。そして、唯一、自殺する魚だといわれている。

 iPhoneがまったくつながらない。熱心な常連も、今日はもう演奏はありませんね__と、10時頃には、みんな帰っていく。LPもCDもDVDも、まったくかけずにいたせいか、みんないつになく無口で、それぞれのボトルを楽しく飲っていった。誰もいなくなった“Bitches Brew for hipsters only”で、ひとりマッカランの12年をロックで味わいながら斎藤徹と●●●●を待つ。
 11時近く、ほとんど同時に電話が入る。斎藤は、新宿からやっと2国(第二京浜国道)に、●●は、伊勢原から横浜にどうにか入ったという。
「ぜひ、また、会いましょう」
 旧綱島街道は、大渋滞。止まったクルマをどんどん徒歩で追い越して家路を急ぐのは結構、快感である。今夜は、何も聴かないで『ドガ』の「湯あみする女」でも聴きながら、眠りにつこう。
 もし、アロワナが自殺していなかったら、久しぶりに金魚を50匹ぐらいあげよう。

 斎藤徹のライブでは、過去にも、くやしい思いをしたことがある。

 雨降りなので、馬車道に行ってみよう。
 地下鉄MM線で、馬車道で降りる。ホームの椅子がクリスタルなアクリルなのが大のお気に入り。ガール・フレンドと待ち合わせしたりすると、彼女がよりキュートに見えちゃったりして。
 BGMのカモメの鳴き声はいただけない。いくらなんでも浅川マキの「かもめ」ではチンプ。やっぱり、ニューヨークの地下鉄のように、音なんて何も流さないで欲しいもの。せめて、JR蒲田駅の「蒲田行進曲」あたりのセンスがあればね。
 ホームを出ると、横浜銀行と横浜信用金庫のATMが並んでいるのもうれしい。判官ひいきとしては、御用達は、むろん<よこしん>。ローカルついでに、エレベーターで通りに出ると、新潟銀行まである。
 家を出たときは雨がザンザン降りだったのに、雨はすっかり止んでしまっている。ぬれたペーヴメントは、もうすっかり秋の予感。馬車道入口の<バンク・アート>で足が止まる。文字通り、天井の高い石造りの古い銀行が素敵なアート空間になっているのである。
 ときどき、ニッカがバーをオープンしてたりして、いろいろなウィスキーやカクテルが格安で飲めるなんていうのも横浜らしい。
 さらに大きなアート・バンク(元は倉庫)は、海岸通りの日通と神奈川県警の間の運河の方に入ったところにある。NYK・BANK ARTの“NY”はニューヨークだとしても“K”って何かしら?“NYK”って何のことはない、日本郵船株式会社の略なんだよね。こちらは、伝説の大野一雄(もともとは捜真女学校の体育の先生)のメイン・ステージ。ドイツのアクセル・ドゥナー(tp)もここで舞踏とのコラボを展開している。あまり教えたくないんだけれども、ここのバーは、午前中からやっていて、ゴキゲン。オリジナル・ビール、“ペリル”なんて、ちょいとコクのあるイチオシかな。中華街の<チャイハネ>まで足を伸ばせば、“カサブランカ”なんてビールも味わえる。
 馬車道のバンク・アートでは、その夜、バール・フィリップスと斎藤徹のデュオとある。たしか、“2つのライオンの邂逅”というような、キャッチであったと思う。ライオンとは、ベースのネックがライオンのオールド。ぼくの記憶では、チャーリー・ヘイデンやロン・カーターもライオンで弾いていたことがある。

 

 開演までまだ時間があるので、メリーさんが常連だった<相生>をやり過ごし、<ディスク・ユニオン>へ。雨が降ると、じつはCD、DVD、LP等が安くなるのです。ところが、何てこった。今日は途中で雨が止んでしまったのでセールはないとのこと。手ぶらで帰るのもなんなので、ひと通り、エサ箱あさりをする。どうもコレってのがない。DVDのコーナーで、初めて手にするマイルスのがあった。いわゆる海賊盤なんだけどね。コイツを買うと、バール・フィリップスと斎藤徹のデュオは聴けないよね__。ええい、買っちまえ。
 自宅で視聴して、ガックリ。すべて持っている映像の単なる寄せ集め。
 ライブは、やっぱり聴きたいと思ったとき聴かなくっちゃ、絶対ダメです。
 そう、「音楽は、一度、虚空に存在したとたん、もう2度と帰っては来ない」
(エリック・ドルフィー『ラスト・デイト』(Limelight)のです。
 なお、馬車道<バンク・アート>では、現在、芸大の北野(ビート)武が、映画論を教えているそう。
 後日、<エアジン>で出会った斎藤徹は、こよなく美しく、ライオンを楽しんでいる。
__パール(アレキサンダー)さんには、ときどき出ていただいてます。
 パールは、斎藤徹の弟子で、●●●●としばしば共演している。
「よろしく」
__ライオンは、バール・フィリップスのと同じオールドなんですか?
「いや、これが、バールのライオンで、バールは、ぼくのを持ってるんです」
 お気に入りのコントラバスを交換しちゃうほどの仲なのである。
__ぼくは、あのイギリスの教会のソロ(『Unaccompanied Barre』)が大のお気に入りです。
「本当は、ピアニストとのデュオだったそうで、結局来なかったんで、ソロになったといってました」
 斎藤の笑顔は本当に心底優しい。日本のジャズ・ミュージシャンにはない優しさではある。

   訃報は、いつだって“突然、炎のごとく”である。4月7日、夜、トップ・ベーシスト、金井英人(79)、死去。
 4月7日は、弟子のひとり、豊川の医師宅のライブ・スタジオにて生演奏。金井は、MCも買って出て、いつになくゴキゲンでノリノリ。豊橋の駅前 ホテルで打ち上げ後、自室に戻り、再び飲み直し、熱い風呂に入ったのが死因とされている。
 その後のライブ予定は、富士宮、四国、Bitches Brew for hipsters onlyなど目白押しではあった。何よりも、酒と熱い風呂が大好きという、江戸っ子らしい生きようではある。“生涯現役”__かくありたい。
 初めて、“Bitches Brew”に金井英人が出演したのは、2010年9月19日。小島伸子(vo)、田村博(p)、JUNマシオ(perc)という最強のメンツ。絶妙の歌伴が出来ないピアノ・トリオなんて、イモだと知る。
 さっそく、小島伸子に電話してみる。
__金井さんとの初共演、いかがでした?
「1音1音に全生命をかけているっていうか、命がけで、音楽してるって感じました」
 ぼく的には、「バークリー・スクエアのナイチンゲール」がもっとも心を揺さぶられた。
 いままで、何度も小島伸子が歌うこの曲を聴いてきたのだけれども、正直なところ、そのどれとも違って聴こえる。
 確実に、金井の1音1音は、決して饒舌ではないのに、肉声=うたをクールに触発しているのである。鋭く、よりスポンテイニアスに。小島伸子固有の感性を発露させるのである。(続く)

杉田誠一
杉田誠一:
1945年4月、新潟県新発田市生まれ。
1965年5月、月刊『ジャズ』、
1999年11月、『Out there』をそれぞれ創刊。
2006年12月、横浜市白楽に
cafe bar Bitches Brew for hipsters onlyを開く。
http://bbyokohama.exblog.jp/
著書に『ジャズ幻視行』『ジャズ&ジャズ』
『ぼくのジャズ感情旅行』。
http://www.k5.dion.ne.jp/~sugita/cafe&bar.html
及川公生のちょっといい音空間見つけた >>

♪ Live Information

5/22 (日) JUNマシオ(mc,perc)
Bull 松原(vo)
上山 実(p)
5/27 (金) 小島伸子(vo)
今村真一朗(p)
5/28 (土) ●●●●(ts, cl, b-cl, perc)
6月 Dedicated to 金井英人(b)
7月 Dedicated to 沖山秀子(vo) “Summertime”
8月 LAST DATE
JAZZ TOKYO
WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


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