1月初旬のある日の午後4時。冬休みを利用した3週間の日本帰国を終えてオスロに戻った。太陽はもう既に沈み、薄暗い。マイナス10度のきりりと冷たい空気が肌を伝って身体の奥底に染み渡る。鼻から深く息を吸い、ゆっくりと白い息を吐く。
「あー、 帰ってきた」
と感じた。およそ3年間と半年という月日がこの街を第2の故郷と呼べる存在にさせていることに気がつく。そのことを嬉しく思う。
一刻も早くこの空気の中でピアノを弾きたい。日本に比べて湿度が低いノルウェーで響く音色は、すっと通るような感覚がある。その響きを確かめたい。
初めてのレッスンで聴いたMisha Alperinの音色、涙がでたTrygve SeimとFrode Haltliの小さなヴェニューでのコンサート、教会で聴いたSinikka Langeland。この地に立つと過去に私の心に触れた彼らの音楽たちが語りかけてくるように聴こえてくる。不思議なもので日本に滞在している間それらを思い出そうとしても、うまく思い出せなかった。
オスロは灰色の街だなんて時々友達と話をする。まさにその通りだと思う。ヨーロッパの他の街、ノルウェーの他の街でさえも様々な色で彩られているのに、オスロの景色はどう見ても灰色だ。中央駅周辺の灰色がかった街並み、少し口角の下がった人々の顔つき。薄暗くて長い冬は時々日本育ちの私には少しきつい。天気が良くない日が続けば、何日も太陽をみることができないこともある。全身いっぱいに太陽を浴びたいと心の底から願う。(ノルウェー人の多くは太陽から得ることのできるビタミンDを補う為にタラの肝油を摂取する)この街での暮らしは決して全てが愛おしいわけではない。外国で暮らすことは未だに何をするにも緊張が付き纏うし、コミュニケーションだって日本人とのように簡単にはいかない時もある。笑いのつぼだって違う。それでも音楽が私をこの地に繋ぎとめる。ここノルウェーが今の私にとって音楽と共にいる正しい場所なんだと確信している。
今日からまたここノルウェーで私の音楽の旅が始まる。今セメスターは、自分のトリオのレコーディングやツアー、フェスティバル、学部最後の試験コンサートなど楽しみなことがたくさん待っている。
2つめの故郷を持つということはちょっぴり寂しさやほろ苦さを兼ね備えているけれど、私はここにいられて、心から尊敬できる人たちと音楽ができ、時を共に過ごせることを嬉しく思い、ここに来られ時間を積み重ねられたことを誇らしく思う。この地は自分らしく音楽をすることが許されているし、そうすることを要求される。
久しぶりに会った友人たちと"God Nytt ar"(明けましておめでとう)と言葉を交わす。まずは3週間の日本滞在ですっかり忘れてしまったノルウェー語の"O"や"A"それから"A"の発音の仕方から思い出したい。
田中鮎美 Ayumi Tanaka
3歳から高校卒業までエレクトーンを学ぶ。エレクトーンコンクール優勝、海外でのコンサートなどに出演し世界各国の人々と音楽を通じて交流できる喜びを体感する。その後、ピアノに転向。ジャズや即興音楽を学ぶうちに北欧の音楽に強く興味を持つようになり、2011年8月よりノルウェーのオスロにあるノルウェー国立音楽大学(Norwegian Academy of Music)のjazz improvisation科にて学ぶ。Misha Alperinに師事し、彼の深い音楽性に大きな影響を受ける。
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
:
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
:
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
:
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.