音の見える風景  


Chapter27.竹内 直
撮影:2011年2月16日
   吉祥寺 サムタイムにて
photo&text by 望月由美




 竹内直はCDという器には入りきれない規格外の強靭さをもったテナー・マンである。スタン・ゲッツのように洗練された流暢さはないがゴリッと歯ごたえのある音塊は愚直なまでにストレートで剛直である。
 しかし、感性をむき出しにして一直線に燃焼させるようなことはめったにない。豪快さと鋭さを同居させながらもクールに自分を見つめるもう一人の竹内直が常にいる。
 竹内直の新作は昨年(2012年)7月のモーション・ブルー・横浜でのライヴ盤『セラフィナイト』(What's New)。ここで竹内直はテナー1本で吹ききっている。<私の楽器はテナーです、バスクラやフルートはテナーで出せない部分を補うために吹いているんです>
自己のカルテットによりジャズの伝統の懐かしさと新しい息吹をないまぜにした竹内直の世界を形づくっている。竹内直カルテットは片倉真由子(p)、井上陽介(b)、江藤良人(ds)に竹内直のテナーというワン・ホーン・カルテット。
<江藤さんは15年位一緒にやっていて、井上陽介さんとは5年位、ピアノの片倉さんが2年位で片倉さんが馴染んできたところなのでこの状態を記録に残したいと思ったのが最初の大きな目的です>
メンバーのそれぞれがリラックスして自分の持ち味をのびのびと発散していてセッションものとは違ったレギュラー・ユニットならではのゆったりと落ちついたグルーヴが心地よい。

 竹内直はこのカルテットと併行して市野元彦(g)、田中徳崇(ds)との「MANI」、太田朱美(fl)、土井徳広(cl)との「木管三重奏」、ンジャイ・ローズ3兄弟(per)との「サバール・ジャズ」を組織している。この顔ぶれからして、竹内直のセンスがうかがわれるし、なによりもメンバーの人選をふくめ発想がユニークで面白い。このほかにも林栄一(sax)との2管での「循環兄弟」も始めている。2人のサーキュラー・ブリージングの妙を知るサックス好きをうならせるユニークな取り組みである。どちらがリーダーということはないそうだが、「循環兄弟」と名づけたのは竹内直である。またリーダーではないが日本版ワールド・サキソフォン・カルテット「サキソフォビア」も継続しているし、マイク・レズニコフの「Mike's Jazz Quartet」にもレギュラーで参加している。そのほかスケジュール表を見ると峰厚介(ts)との2管のデュオや五十嵐一生(tp)等々ソロ活動を含め月に25回位は演奏している超多忙なスケジュールで、その行動はエネルギッシュである。

 こうした個性の違ったバンドを同時併行で組織し維持発展させてゆくことは大変なことだと思いグループを作ろうと思うときの基本としている点を聞いてみた。
<まあ、演ったときの感じですね、木管にしてもMANIにしてもはじめからバンドを作ろうと思って選ぶんじゃなくて、セッションみたいなことをやってその人と共演したときの自分の感覚ですね。この人だったらこういうところがふくらませることができるんじゃないかとか、そういうところがぴったり合ったりとか、そういう自分の感覚でこれとこれを一緒にやったら面白くなるんじゃないかとか思いながらある程度安定してきたらバンドになってゆくんですよ>
 <たとえばMANIの場合、市野君とやったらこういう感覚だった、田中君と一緒にやったらこういう感じだった。じゃあ、田中君と市野君と3人でやったらこういう感じになるんじゃないかなと3人でやってみてよかった、面白かった。ここでバンドらしきものが出来て、名前をつけるのは後の作業ですね>
どのバンドでもある程度、継続させるだけの手ごたえを感じる人とだけやっているのだと言う。
 離合集散が常のジャズ界にあって竹内直の現在のバンドはみな4年、5年と長く続いている。継続は力なりとよく言われるが長続きするのは竹内直の音への探究心がひたむきで強靭であるのと同時に人とのバイブレーションも大切にしているからだ。
<そうですね、そういったものはすべて音に入っています。いい人であるとか、人間はいろんな側面があるじゃないですか。人当たりのいい人がいい人だとか(笑) 音楽としていい面があるということは人柄としてもいい面があるって僕は思っています、信じています。音楽が終わったら付き合いたくない人もいるのかもしれませんけど、演奏していていい音楽している人はそういう人の中にもいい人の要素があるんだと思うんですよ>

 1955年、新宿生まれの横浜そだち。1973年、高校3年のときテナー・サックスを買った。雑誌などに掲載されていたテナーの写真を見てこれは格好いい、と思って買ったのだそうである。そして音を出してみて楽器との一体感に浸れるところが凄くあって、生まれて初めてこんな魅力あるものを見つけたという喜びでこの楽器に魅せられる。そしてテナー・サックスがもっとも有効に使われている音楽がジャズだと思い、ジャズを聴き始める。ジャズ好きが嵩じてテナーを始めるという一般的な入門とは逆で、先ずはいきなり姿形、格好に魅せられて買ったというところが竹内直らしい。なんでもいちばん最初に買ったレコードはビリー・ホリデイ(vo)だったという。ということは、最初に聴いたジャズのテナーはレスター・ヤングだったのかと推測する。

 

 竹内直がジャズを聴きはじめた1970年代の初頭はフリー・ジャズが最も勢いをもっていた時期で、テナーを買った1973年の日本のジャズ・シーンは山下洋輔3に坂田明が加わり始動を開始し、富樫雅彦(per)が驚異の復帰、セシル・テイラー(p)の来日、フリー・ジャズ大祭「インスピレーション&パワー」が催されるなどフリーがとても熱いときで、必定、竹内直ももっぱらフリーをよく聴いていたという。当時はコルトレーンなんか買って聴いてもよく分からなかったと謙遜する。アーチー・シェップ(sax)が好きで『ドナウエッシンゲンのアーチー・シェップ』(MPS)なんかよく聴いたそうである。

 竹内直は音楽学校には進まず、何人かの先生に個人レッスンを受けながら楽器をマスターする。独学で学習し煮詰まると、その都度レッスンを受け問題点を解決するという方法で音楽を習得していった。

 そして1977年、22歳の時にテナーを抱えて単身ニューヨークに渡り1年半ほど研鑽を積む。<英語なんて全然自信なかったですよ、英語は挨拶程度でしたが、とにかく行きたいという気持ちが強かったから>アパートを借りての生活だったそうであるが、この滞在中にスティーヴ・グロスマン(sax)に学んでいる。グロスマンからは単なる楽器の奏法ではなく、ジャズの語法の勉強の仕方を教えてもらったという。このグロスマンから得た方法で自らの語法を確立してゆくことになる。

 竹内直はこのニューヨークでのグロスマンと日本での高木元輝(ts)の二人を師として尊敬している。高木元輝からは3回ぐらい手ほどきを受けたそうだ。僕の中では高木さんは師匠ですと言いきる。若い頃いろんなことを考えるのに凄く影響をうけたという。竹内直にとってグロスマンにしても高木元輝にしても単に楽器の奏法ではなく音楽への向き合い方を教わっているようだ。

 帰国後の竹内直は、宮間利之の「ニューハード・オーケストラ」に加わる。ニューハード在籍中に必要に迫られてフルートを、1990年代に入ってバスクラを吹くようになる。フルートとバスクラはあくまでもテナーで表現できない部分を補うために吹いているのであって、自分はテナーがメインです、テナー吹きです、と言い切る。

 1986年、30歳の時に再びニューヨーク生活をしている。二度目は2年ほどの滞在だったそうだが、この二度のニューヨーク暮らしでデニス・チャールス(ds)やウィリアム・パーカー(b)などフリー系のミュージシャンとの交流を深めている。故バイヤード・ランカスター(sax、1942.8〜2012.8)にも師事したことがあるそうだ。
二度目の帰国後、「エルヴィン・ジョーンズ&ジャズマシーン」に加わり日本ツアーに参加、1995年にはジョージ川口の50周年記念コンサートで来日したフレディ・ハバード(tp)等と共演するなどキャリアを積む。

 1996年にファースト・リーダー・アルバム『ライブ・アット・バッシュ』(CAB RECORDS)をリリース。当時、この八王子「バッシュ」での動画が杉並ケーブルテレビで連日放映されていて、確か<ジャイアント・ステップス>などを吹く竹内直の映像を見てそのアグレッシヴな演奏に驚いたことを覚えている

 このときのメンバーは竹内直(ts)、椎名豊(p)、荒巻茂生(b)、原大力(ds)という顔ぶれで奇しくも今回の『セラフィナイト』と同じ編成のワン・ホーン・カルテットであった。17年を経ての2枚のアルバムをならべて聴くのも一興か。

 2000年、山下洋輔(p)の「山下洋輔4G UNIT」に参加する。メンバーは山下洋輔(p)、竹内直(ts)、水谷浩章(b)、高橋信之介(ds)の4人。「山下洋輔4G UNIT」は2002年にヨーロッパ・ツアーを行ったあと高橋信之介の渡米に伴い解散することになる。高橋信之介は2002年6月からずっとニューヨークを拠点に活動していて、先月ドン・フリーマン(p)トリオの一員として帰国し、「丸の内コットンクラブ」で元気な姿をみせてくれている。竹内直は、信ちゃんは僕大好きですと言う。4Gユニット解散後は自分のグループを中心に日々多忙な活動を行っている。

竹内直の演奏を聴いている時、一瞬コルトレーンの集中とカークの諧謔が頭に浮かぶことがある。ジョン・コルトレーン(sax)とローランド・カーク(sax)について話の方向を向けると<ふたりとも凄く好きですよ、CDも沢山もっています。コルトレーンとカークは結構似てますね、似ているんですよ、だぶりますね、カークとトレーンは。音はぜんぜん違いますけど似ているんです。なんていうか、音楽に対する姿勢とか、加速してゆく感じとか、二人とも短期間の間にどんどん内容が濃くなって、そのまま死んじゃうっていう、全然すごい人だと思うんですよ>竹内直の旺盛な探究心はこの二人の巨星と似通っているように思える。

365日、24時間すべて自分の音楽のことを考えているのかと伺ってみると、いや、そんなことはないですと言うが実際には自分の目指す音楽を日々追求しているようだ。<演奏に入ったらもうそのままです、問題は演奏に入る前ですよね、たとえば木管(三重奏)だったらアレンジを書かなくてはならないしMANIは市野さんと僕の曲で構成していますけど選曲するのは僕の仕事ですし、カルテットではオリジナルはすべて僕の書いた曲ですし、スタンダードなんかでも僕がやりたいと思う曲を選んでます>事前の準備を大切にし、四六時中、自分の音楽と向きあいどんどん加速してゆく竹内直の姿は古武士の風格が漂う。

 


望月由美

望月由美:FM番組の企画・構成・DJと並行し1988年までスイングジャーナル誌、ジャズ・ワールド誌などにレギュラー執筆。 フォトグラファー、音楽プロデューサー。自己のレーベル「Yumi's Alley」主宰。『渋谷 毅/エッセンシャル・エリントン』でSJ誌のジャズ・ディスク大賞<日本ジャズ賞>受賞。

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#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
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by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
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第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


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