Vol.26 | ブッチ・モリス@トータル・ミュージック・ミーティング2004
Butch Morris @Total Music Meeting 2004
(C)横井一江 Kazue Yokoi

指揮される即興という表現方法がジャズ・即興音楽界隈に登場したのはいったいいつ頃だったのだろう。2月に来日していたイギリス人ドラマー、ロジャー・ターナーは、即興を指揮することを始めたのはアラン・シルヴァではないかと言っていた。確かにシルヴァはセレスティアル・ミュージック・オーケストラ(CCO)を1960年代に始め、断続的にその活動を続けてきた。2009年来日時には日本人メンバーを集めCCO日本バージョンで公演したことは記憶に新しい。
その指揮される即興が注目されたのは80年代半ばぐらいからではないだろうか。ブッチ・モリスによるコンダクションの登場がひとつの契機だったと私は考える。80年代半ばは、フリージャズやヨーロッパのフリー・ミュージックが70年代を経て、色褪せて感じられるようになった時期だった。ブッチ・モリスがコンダクションを初めて試みたのは1985年。コンダクションのサイトに掲載されている記録を見ると、第一回のメンバーには当時のニューヨークの新鋭達、ジョン・ゾーンやクリスチャン・マークレイもいれば、フルクサスのメンバーだった刀根康尚の名前もある。タイトルはCurrent Trends in Racism in Modern America、場所はニューヨークのキッチンだった。
1985年といえば、ジョン・ゾーンのコブラがメールス・ジャズ祭に登場した年でもある。ゲーム・ピースという今までにない発想のジョン・ゾーンのコブラとブッチ・モリスのコンダクションという二つの集団即興演奏の方法論が同時期にニューヨークのダウンタウンから登場したのだ。そして、それらはフリージャズやフリー・ミュージックにはなかったジャンルを超えた表現者による集団即興演奏の方法を可能にするもので、音楽シーンに転機をもたらしたのである。
 ブッチ・モリスは、デイヴィッド・マレイなどと同じカリフォルニアの出身である。70年代半ばにニューヨークに出てきた頃の彼はコルネット奏者だった。ロフトで活躍し、80年代初めまではデイヴィッド・マレイのバンドのメンバーでもあった。1978年にそのマレイのビッグバンドでの指揮をしたことが、後の指揮者モリス、コンダクションへと繋がっていったのだろう。

 

 日本でコンダクションが行われたのは、1993年と1995年。ニューヨークでブッチ・モリスと交流を持った吉沢元治の招きだったと記憶している。私が見たのはいずれの年も四谷の東長寺P3 art and environmentでの公演だった。とりわけ印象に残っているのは、まだ健在だった大野一雄も参加した1993年のNo.28 Cherry Blossomである。即興音楽シーンとなんらかの繋がりのある演奏者ではあったが、ジャズ、邦楽、現代音楽などのバックグラウンドを異にする者が一同に会し、モリスのサインでサウンドが形成され、変化し、構築されていくさまは、新鮮だったことは今でもよく覚えている。
 その後、モリスのコンダクションについては、時折見かける輸入盤CDでのみ知るだけだった。しかし、彼は継続的にずっとその活動を続けていたのである。2004年のトータル・ミュージック・ミーティングで見たNOVAMUSICAと題されたコンダクションはNo.143/2だった。タイトルから想像できるようにイタリアのミュージシャンによるコンダクションで、サウンドからあたかもスコアなしに現代音楽を構築しているような印象を受けたのだった。
 一回ごとにタイトルがついていることからわかるように、ブッチ・モリスにとって、それぞれコンダクションは独立した作品だったのだろう。コンダクションつまり即興を指揮することは、そこにスコアがないだけに指揮者の意図がより大きく反映される。彼は即興演奏をコントロールするのではなく、時々に集められたメンバーをひとつの装置とみなして音楽創造していたのではないのだろうか。そしてまた、指揮することと演奏家による自発的な即興演奏が出会うことで生まれる可能性は大きく開かれていると考えていたように思う。
ブッチ・モリスは2013年1月29日肺癌で亡くなった。最後のコンダクションは2009年9月にイタリアで行われたNo.188 Sant'Anna Aressiだった。合掌。

横井一江:北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年〜2004年)。趣味は料理。

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