金井英人のマンションは、横浜は鶴見の三ツ池公園の近くにある。奇しくもぼくが通った中学〜高校まで、歩ける距離に位置する。
まずは、お線香をあげさせてもらう。“おしきみ”の緑で清められた御霊前には、真っ白なカサブランカが見事にフィット。52年間、共にジャズを生きてきた夫人とは、電話で4時間余も話したというのに、まだまだ話は尽きない。
仏間の角に、今日も主が奏してくれるのを待ち続けるベースが、さりげなくたてかけてある。今にも主が、あのこよなくうたう、懐の深いベースが力強く鳴り出しそう。こんなにしみじみとベースを見つめたことはない。何とセクシーなのだ。こんなに艶っぽいものなのか__。気持ち小ぶりなのだろうか。弦と弦の間が、いくぶん狭い。そして、ナイロン弦が張ってある。おそらく、体力に合わせてのことなのだろう。それにしては、コマが高い。
<Bitches Brew for hipsters only>で最後に演奏されたのは、「サマータイム」である。その夜は、たまたまリハーサルにハナからつき合う。
1曲目から、最後の曲まで、全体でスケールの大きいひとつの曲として構成していくを知る。メンバーに、最後に何にするか、話し合われるが、なかなか、決まらない。
「杉田さんなら、どうする?」
「そうですね...『サマータイム』はいかがですか?」
「OK、それでいこう」
今まで聴いた、どの「サマータイム」よりも、ゆったりである。アダージョよりもさらに。
「コレって、湯時がいたくなるんだよな」
沖山秀子を引き合いに出すまでもなく、黒人ミュージカル『ポーギーとベス』所収の子守唄。
最後に目一杯、飲み交わしたのは、昨2010年のサマー・タイムである。所は、大倉山(東横線)。<キャラバン>という名の珈琲専門店で、5時間近くも話して後、「ちょっと、軽くやっていきましょう」ということになる。駅前の店の名は<日向屋>。もう、完全に金井自身のペースである。
「ここは、安くていいんですよ。まずは生ビールでいきますか。それから、ギョーザと、野菜いためでいいですか?」
もう25〜6年前、中華街のディープな店に行ったことがある。金井、高柳昌行(g)、神田重陽(vib)、杉浦良三(vib)らがホーム=根拠地としていた店<ジャズ面倶楽部>の帰りである。しばしばNHKのハイビジョン(実験)クルーが、入る。
そのディープな店は、関廟亭通りにあり、日本語が通じない。毎晩、貼り出されるメニューから選ぶのだけれども、予想通りというわけにはいかない。毎晩、9時ぐらいから明け方までが営業時間。以前、ニューヨーク、チャイナ・タウンで、もっと庶民的(?)な店に入ったことがあるが、こんなにワン、ワ〜ン、とした活気はない。金井らしい__。
「いま、台湾にはまってましてね。今度、歯の治療で行くんですよ」
場面は、再び<日向屋>。
__アジアって、オリンピック前の韓国ぐらいしか行ったことがないんですけど...。
「ネパールがいい。いつ落ちてもおかしくないような飛行機でね(笑)。クルマも襲われるから、乗らない方がいい」
__基本的に、歩き?
「そう。カトマンズが近くて、真っ暗だから、星空が明るくて、本当に吸い込まれるほど奇麗。ポツンと明かりが付いたりしていて、そこがまた、居酒屋だったりする」
__何故、ネパールへ?
「詩人との交流会があって、朗読のとき、ぼくがアド・リブでやるんです」
場面は、金井邸。
__楽旅へはよく同行されたんですか?
「ポーランドへは、行ってません。金井にとっては、旅とはすべて“楽旅”なんですね。
私がもっとも印象に残っているのは、韓国の竹山です。舞踏家・大野一雄さんとのコラボなんかがありましてね」
__大野さんは、捜真の体育の先生だったそうです。まぎれもなく、ゲイって感じなんですが、女生徒の間では、結構人気があったそうです。
捜真は、反町(東横線)の高台にある。キリスト教一貫(小学校〜高等学校)校。中〜高は女生徒のみ。
「そうそう、竹を舞台一面に用意して欲しいといったら、全部もの干し竿みたいなのを用意されてしまって、枝付き、葉付きを改めて用意してもらったなんて、話してました。
実は、山本邦山や、ネプチューン海山のことに触れたときです。
プーさん(菊地雅章)との名盤『銀界』(日本フォノグラム)をものした邦山は、現在、人間国宝であり、芸大名誉教授。ネプチューン海山は、千葉の竹林でテント暮らし。尺八を創り続けている。
__ヨーロッパで、おもしろいのは?
「やっぱり、ポーランド。ユダヤの収容所がまだ、そっくり残してあって。もう、インスパイアされっぱなしでした」
__アラン・レネの『夜と霧』ですね。イントロは、夏草生い茂る、線路。その先にガス室がある。
「そう、ガス室もそのまま」
__爪で、壁が削れているんですよね。もがき、苦しみ。
「そう」
__あの線路で、死体を運んだ。
「そうです」
__ナチスの拷問で一番、効果的だったのが、まったく音のない世界に拘束するとか、闇のない明るい部屋に拘束するとか、だったといわれていますが。
「ああ、武満徹ね。武満さんは、ジャズ・ピアニストしてたんで、よく、一緒にやりました。黛敏郎さんともね。
ぼくには、ジャズとか現代音楽とかという区別はありません。軽井沢の音楽祭でも、変拍子の可能性__というテーマで、徹底的にやったことがあります。あれはキツかった(笑)」
ミンガス〜エリントンというベーシックなルーツに根付く金井英人ワールドは、同時代音楽=コンテンポラリー以外の何ものでもない。
__60年前後のポーランド映画を代表する『水の中のナイフ』(ロマン・ポランスキー監督)は、コルトレーン張りのジャズなんですけど、その後、みんな、ハリウッドへ渡ってしまいました。
「いまも、頑張ってるいいミュージシャンはいますよ(笑)」
__同時代に生きる、コンテンポラリー?
「そうです。たまたま、ぼくが、ジャズというジャンルにくくられているだけでね」
__実は、<Bitches Brew>を、あの<銀巴里>のようにしたいんですが。
「うん、やりましょう。『新世紀音楽研究所』が、また誕生するのは、嬉しい限りです。武満さんがマネした(笑)のが、『21世紀音楽研究所』なんですよ」
__サジェストをお願いできますか?
「そうねえ__。戒律と会費かな(笑)」
読者アクセス諸兄は、TBMの『幻の“銀巴里セッション”』を参照されたい。
* 『幻の“銀巴里セッション”』(TBM/SMD)
1. グリーンスリーブス
高柳昌行(g) 金井英人(b) 稲葉国光(b) 冨樫雅彦(ds)
2. ナルディス
菊地雅章(p) 金井英人(b) 冨樫雅彦(ds)
3. イフ・アイ・ワー・ア・ベル
中牟礼貞則(g) 日野皓正(tp) 稲葉国光(b) 山崎弘(ds)
4. オブストラクション
山下洋輔(p) 宇山恭平(g) 金井英人(b) 冨樫雅彦(ds)
1963年6月26日 東京銀座・シャンソン喫茶「銀巴里」にて内田修録音
かつて、銀座の<銀巴里>や、<ACB>(ア・シ・ベ)は、シャンソンの店であると同時に、ジャズの店でもあったのです。
__強力な同志が、ジョジョさん、高柳昌行(g)。
「そうです。理論武装と男気のね(笑)」
__晩年のジョジョさんは、実際に指を出血させながら、弾き続けたそうですね。
「うん、高柳クンらしい」
__<銀巴里>の録音はDr.ジャズ(内田修)。
「はい、プロでも持っていない、凄いテープレコーダーを岡崎から、運んできましてね。内田先生のお世話になったことのないジャズ・ミュージシャンは、いないでしょうね。入院患者さんよりも、病院に寝泊まりしている、ミュージシャンの方が多かったりして(笑)」
__仏道の道に入られたのは、<銀巴里>時代?
「そうです。未だ、正直言って、半信半疑の面もあります。ぼくは、チューシャが大嫌いだから(笑)。ハナから一切やらないんですが、当時、かなりのミュージシャンがドラッグ禍に巻き込まれまして、より精神的な支柱を必要としたのです」
__最後に、金井さんのベースを聴いたのは、15、6年前、反町の坂の途中の<キャメル>という珈琲専門店でした。超満席でしたね。
「別に、ジャズやるのは、ジャズ・クラブである必然性なんて、ありません」
__一発目の、音を聴いたとたん、ミンガスより、強烈に鼓舞してくる。身がひきしまりました。陳腐な質問ですが、ミンガスを尊敬されている?
「(笑)。尊敬以上のものです」
__ジョン・カサベテス『アメリカの影』のテーマ曲となったミンガスの曲をしばしばイントロで導入されますが。
「あれは、きっかけづくりなんです。それからのテンポ、展開は、一度たりとも同じものはない。いつもそのスリルにワクワクしてきます」
__金井さんのコンセプトは“微苦笑”ですね。
「10年1日ってことかな(笑)」
“微苦笑”は、1973年のテーマ。「ジャズってのは落語の“間”なんだよ」とは、<ちぐさ>の吉田衛の口ぐせであったけれども、金井ワールドの真骨頂は、まさに“間”=“微苦笑”にある。
「鳥の詩」「ジン・ギス・ハーン」、晩年しばしば取り上げた「リンゴ追い分け」にしろ、必ず“オチ”がある。最も分かりやすい例が、「りんご追い分け」。意図的にメロディを間違えて、笑いをとる。緊張の糸をプツンと切る。ジャズの方法とは、話芸にあると知る。
さて、“オチ”をとる技量は、持ち合わせていないが、バイオで締めとする。
金井が東京・銀座で生まれたのは、1931年5月17日。終戦後、高輪商業在学中から、ジャズの道に入る。
「東京駅八重洲口で、“タチンボ”やってましてね。進駐軍がジープやトラックでやって来る。その夜、キャンプで演奏するミュージシャンを探しに来るわけです。ベースをやるのがあんまりいなくて、弾けなくても、ただ立ってるだけで、いいお金になるっていうんで、すぐ飛びついた(笑)」
__カタギの道は、考えなかった?
「実は、日本航空の創業準備室、なんて選択肢もあった。ぼくは、迷わず、ジャズの道を選んだ(笑)」
八重洲口に<ママ>というジャズ喫茶があったのだけれども、食を求めるミュージシャンたちの溜まり場であったことは、容易に想像のつくところ。
南里文雄/ホットペッパーズ、山木幸三郎、西条孝之介/ウェストライナーズ、金井英人/キングス・ロア・オーケストラ、等々、日本のジャズ・シーンを鮮烈に切り拓いていく。
『Q/金井英人グループ』(TBM)1971
『ソネット/ティー&カンパニー』(TBM) 1977
『ドラゴン・ガーデン/ティー&カンパニー』(TBM)1977
『出雲阿国/ティー&カンパニー』(TBM) 1989
『渦/加藤崇之トリオ』(アケタズ・ディスク)1991
星降るネパールを行けば、星=ブッダとなった金井英人に手が届くかもしれない。
主を待ち続けるベースは、近々、奈良の弟子(医師)のもとへ嫁ぐ(?)という。
“微苦笑”に参画したジョー水木(perc)やマルチ・リードの森剣治の1音1音がリアルにいま、聴こえてくる。