Vol.70| 金井英人  2011 鶴見
text by Seiichi SUGITA




 金井英人のマンションは、横浜は鶴見の三ツ池公園の近くにある。奇しくもぼくが通った中学〜高校まで、歩ける距離に位置する。
  まずは、お線香をあげさせてもらう。“おしきみ”の緑で清められた御霊前には、真っ白なカサブランカが見事にフィット。52年間、共にジャズを生きてきた夫人とは、電話で4時間余も話したというのに、まだまだ話は尽きない。
 仏間の角に、今日も主が奏してくれるのを待ち続けるベースが、さりげなくたてかけてある。今にも主が、あのこよなくうたう、懐の深いベースが力強く鳴り出しそう。こんなにしみじみとベースを見つめたことはない。何とセクシーなのだ。こんなに艶っぽいものなのか__。気持ち小ぶりなのだろうか。弦と弦の間が、いくぶん狭い。そして、ナイロン弦が張ってある。おそらく、体力に合わせてのことなのだろう。それにしては、コマが高い。
<Bitches Brew for hipsters only>で最後に演奏されたのは、「サマータイム」である。その夜は、たまたまリハーサルにハナからつき合う。
 1曲目から、最後の曲まで、全体でスケールの大きいひとつの曲として構成していくを知る。メンバーに、最後に何にするか、話し合われるが、なかなか、決まらない。
「杉田さんなら、どうする?」
「そうですね...『サマータイム』はいかがですか?」
「OK、それでいこう」
 今まで聴いた、どの「サマータイム」よりも、ゆったりである。アダージョよりもさらに。
「コレって、湯時がいたくなるんだよな」
 沖山秀子を引き合いに出すまでもなく、黒人ミュージカル『ポーギーとベス』所収の子守唄。
 最後に目一杯、飲み交わしたのは、昨2010年のサマー・タイムである。所は、大倉山(東横線)。<キャラバン>という名の珈琲専門店で、5時間近くも話して後、「ちょっと、軽くやっていきましょう」ということになる。駅前の店の名は<日向屋>。もう、完全に金井自身のペースである。
「ここは、安くていいんですよ。まずは生ビールでいきますか。それから、ギョーザと、野菜いためでいいですか?」
 もう25〜6年前、中華街のディープな店に行ったことがある。金井、高柳昌行(g)、神田重陽(vib)、杉浦良三(vib)らがホーム=根拠地としていた店<ジャズ面倶楽部>の帰りである。しばしばNHKのハイビジョン(実験)クルーが、入る。
 そのディープな店は、関廟亭通りにあり、日本語が通じない。毎晩、貼り出されるメニューから選ぶのだけれども、予想通りというわけにはいかない。毎晩、9時ぐらいから明け方までが営業時間。以前、ニューヨーク、チャイナ・タウンで、もっと庶民的(?)な店に入ったことがあるが、こんなにワン、ワ〜ン、とした活気はない。金井らしい__
「いま、台湾にはまってましてね。今度、歯の治療で行くんですよ」
 場面は、再び<日向屋>。
__アジアって、オリンピック前の韓国ぐらいしか行ったことがないんですけど...。
「ネパールがいい。いつ落ちてもおかしくないような飛行機でね(笑)。クルマも襲われるから、乗らない方がいい」
__基本的に、歩き?
「そう。カトマンズが近くて、真っ暗だから、星空が明るくて、本当に吸い込まれるほど奇麗。ポツンと明かりが付いたりしていて、そこがまた、居酒屋だったりする」
__何故、ネパールへ?
「詩人との交流会があって、朗読のとき、ぼくがアド・リブでやるんです」

 場面は、金井邸。
__楽旅へはよく同行されたんですか?
「ポーランドへは、行ってません。金井にとっては、旅とはすべて“楽旅”なんですね。
 私がもっとも印象に残っているのは、韓国の竹山です。舞踏家・大野一雄さんとのコラボなんかがありましてね」
__大野さんは、捜真の体育の先生だったそうです。まぎれもなく、ゲイって感じなんですが、女生徒の間では、結構人気があったそうです。
 捜真は、反町(東横線)の高台にある。キリスト教一貫(小学校〜高等学校)校。中〜高は女生徒のみ。
「そうそう、竹を舞台一面に用意して欲しいといったら、全部もの干し竿みたいなのを用意されてしまって、枝付き、葉付きを改めて用意してもらったなんて、話してました。
 実は、山本邦山や、ネプチューン海山のことに触れたときです。
 プーさん(菊地雅章)との名盤『銀界』(日本フォノグラム)をものした邦山は、現在、人間国宝であり、芸大名誉教授。ネプチューン海山は、千葉の竹林でテント暮らし。尺八を創り続けている。

__ヨーロッパで、おもしろいのは?
「やっぱり、ポーランド。ユダヤの収容所がまだ、そっくり残してあって。もう、インスパイアされっぱなしでした」
__アラン・レネの『夜と霧』ですね。イントロは、夏草生い茂る、線路。その先にガス室がある。
「そう、ガス室もそのまま」
__爪で、壁が削れているんですよね。もがき、苦しみ。
「そう」
__あの線路で、死体を運んだ。
「そうです」
__ナチスの拷問で一番、効果的だったのが、まったく音のない世界に拘束するとか、闇のない明るい部屋に拘束するとか、だったといわれていますが。
「ああ、武満徹ね。武満さんは、ジャズ・ピアニストしてたんで、よく、一緒にやりました。黛敏郎さんともね。
 ぼくには、ジャズとか現代音楽とかという区別はありません。軽井沢の音楽祭でも、変拍子の可能性__というテーマで、徹底的にやったことがあります。あれはキツかった(笑)」
 ミンガス〜エリントンというベーシックなルーツに根付く金井英人ワールドは、同時代音楽=コンテンポラリー以外の何ものでもない。

__60年前後のポーランド映画を代表する『水の中のナイフ』(ロマン・ポランスキー監督)は、コルトレーン張りのジャズなんですけど、その後、みんな、ハリウッドへ渡ってしまいました。
「いまも、頑張ってるいいミュージシャンはいますよ(笑)」
__同時代に生きる、コンテンポラリー?
「そうです。たまたま、ぼくが、ジャズというジャンルにくくられているだけでね」
__実は、<Bitches Brew>を、あの<銀巴里>のようにしたいんですが。
「うん、やりましょう。『新世紀音楽研究所』が、また誕生するのは、嬉しい限りです。武満さんがマネした(笑)のが、『21世紀音楽研究所』なんですよ」
__サジェストをお願いできますか?
「そうねえ__。戒律と会費かな(笑)」
 読者アクセス諸兄は、TBMの『幻の“銀巴里セッション”』を参照されたい。

 

* 『幻の“銀巴里セッション”』(TBM/SMD)
 1. グリーンスリーブス
  高柳昌行(g) 金井英人(b) 稲葉国光(b) 冨樫雅彦(ds)
 2. ナルディス
  菊地雅章(p) 金井英人(b) 冨樫雅彦(ds)
 3. イフ・アイ・ワー・ア・ベル
  中牟礼貞則(g) 日野皓正(tp) 稲葉国光(b) 山崎弘(ds)
 4. オブストラクション
  山下洋輔(p) 宇山恭平(g) 金井英人(b) 冨樫雅彦(ds)
  1963年6月26日 東京銀座・シャンソン喫茶「銀巴里」にて内田修録音

かつて、銀座の<銀巴里>や、<ACB>(ア・シ・ベ)は、シャンソンの店であると同時に、ジャズの店でもあったのです。
__強力な同志が、ジョジョさん、高柳昌行(g)。
「そうです。理論武装と男気のね(笑)」
__晩年のジョジョさんは、実際に指を出血させながら、弾き続けたそうですね。
「うん、高柳クンらしい」
__<銀巴里>の録音はDr.ジャズ(内田修)。
「はい、プロでも持っていない、凄いテープレコーダーを岡崎から、運んできましてね。内田先生のお世話になったことのないジャズ・ミュージシャンは、いないでしょうね。入院患者さんよりも、病院に寝泊まりしている、ミュージシャンの方が多かったりして(笑)」
__仏道の道に入られたのは、<銀巴里>時代?
「そうです。未だ、正直言って、半信半疑の面もあります。ぼくは、チューシャが大嫌いだから(笑)。ハナから一切やらないんですが、当時、かなりのミュージシャンがドラッグ禍に巻き込まれまして、より精神的な支柱を必要としたのです」

__最後に、金井さんのベースを聴いたのは、15、6年前、反町の坂の途中の<キャメル>という珈琲専門店でした。超満席でしたね。
「別に、ジャズやるのは、ジャズ・クラブである必然性なんて、ありません」
__一発目の、音を聴いたとたん、ミンガスより、強烈に鼓舞してくる。身がひきしまりました。陳腐な質問ですが、ミンガスを尊敬されている?
「(笑)。尊敬以上のものです」
__ジョン・カサベテス『アメリカの影』のテーマ曲となったミンガスの曲をしばしばイントロで導入されますが。
「あれは、きっかけづくりなんです。それからのテンポ、展開は、一度たりとも同じものはない。いつもそのスリルにワクワクしてきます」
__金井さんのコンセプトは“微苦笑”ですね。
「10年1日ってことかな(笑)」
“微苦笑”は、1973年のテーマ。「ジャズってのは落語の“間”なんだよ」とは、<ちぐさ>の吉田衛の口ぐせであったけれども、金井ワールドの真骨頂は、まさに“間”=“微苦笑”にある。
「鳥の詩」「ジン・ギス・ハーン」、晩年しばしば取り上げた「リンゴ追い分け」にしろ、必ず“オチ”がある。最も分かりやすい例が、「りんご追い分け」。意図的にメロディを間違えて、笑いをとる。緊張の糸をプツンと切る。ジャズの方法とは、話芸にあると知る。
 さて、“オチ”をとる技量は、持ち合わせていないが、バイオで締めとする。
金井が東京・銀座で生まれたのは、1931年5月17日。終戦後、高輪商業在学中から、ジャズの道に入る。
「東京駅八重洲口で、“タチンボ”やってましてね。進駐軍がジープやトラックでやって来る。その夜、キャンプで演奏するミュージシャンを探しに来るわけです。ベースをやるのがあんまりいなくて、弾けなくても、ただ立ってるだけで、いいお金になるっていうんで、すぐ飛びついた(笑)」
__カタギの道は、考えなかった?
「実は、日本航空の創業準備室、なんて選択肢もあった。ぼくは、迷わず、ジャズの道を選んだ(笑)」
 八重洲口に<ママ>というジャズ喫茶があったのだけれども、食を求めるミュージシャンたちの溜まり場であったことは、容易に想像のつくところ。
 南里文雄/ホットペッパーズ、山木幸三郎、西条孝之介/ウェストライナーズ、金井英人/キングス・ロア・オーケストラ、等々、日本のジャズ・シーンを鮮烈に切り拓いていく。

『Q/金井英人グループ』(TBM)1971
『ソネット/ティー&カンパニー』(TBM) 1977
『ドラゴン・ガーデン/ティー&カンパニー』(TBM)1977
『出雲阿国/ティー&カンパニー』(TBM) 1989
『渦/加藤崇之トリオ』(アケタズ・ディスク)1991

 星降るネパールを行けば、星=ブッダとなった金井英人に手が届くかもしれない。
 主を待ち続けるベースは、近々、奈良の弟子(医師)のもとへ嫁ぐ(?)という。
 “微苦笑”に参画したジョー水木(perc)やマルチ・リードの森剣治の1音1音がリアルにいま、聴こえてくる。

杉田誠一
杉田誠一:
1945年4月、新潟県新発田市生まれ。
1965年5月、月刊『ジャズ』、
1999年11月、『Out there』をそれぞれ創刊。
2006年12月、横浜市白楽に
cafe bar Bitches Brew for hipsters onlyを開く。
http://bbyokohama.exblog.jp/
著書に『ジャズ幻視行』『ジャズ&ジャズ』
『ぼくのジャズ感情旅行』。
http://www.k5.dion.ne.jp/~sugita/cafe&bar.html
及川公生のちょっといい音空間見つけた >>

♪ Live Information

6月 Dedicated to 金井英人(b)
7月 Dedicated to 沖山秀子(vo) “Summertime”
8月 LAST DATE
JAZZ TOKYO
WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


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