音の見える風景  


Chapter28.小山彰太
撮影:2013年5月27日 西荻窪にて
photo&text by 望月由美




 小気味よいドラムのリズムにひたっているとジャズに出会えてよかったなあ、と思うことがしばしばある。小山彰太もそうしたジャズの喜びを体感させてくれるドラマーの1人である。
 1975年12月31日、新宿ロマン劇場「'75 into '76オールナイト・ジャズ・フェスティバル」のステージが森山威男(ds)の山下トリオ最後のステージであり、小山彰太が檜舞台に躍り出るプロローグでもあった。1976年、新生、山下3、山下洋輔(p)、坂田明(sax)、小山彰太(ds)の誕生である。加入わずか数ヵ月後の'76年4月、小山彰太は「アケタの店」で山下洋輔(p)、坂田明(sax)、望月英明(b)、ジェラルド大下(sax)、近藤等則(tp)というジャズ・シーンきっての猛者とのレコーディングに臨む、『ジャムライス・リラクシン』(FRASCO)。この顔ぶれと丁々発止と渡り合ったらもう怖いものなんかない。この勢いをかって小山彰太は山下3の一員として5月から2ヶ月間のヨーロッパ・ツアーを敢行、『モントルー・アフターグロウ』(FRASCO)<ゴースト>で遂に赤とんぼが飛ぶことになるのである。以来1983年の末に山下3が解散するまでの8年の間、山下3快進撃の一翼を担った。
そして今、小山彰太は次のステージに飛び立つ準備をしている。40年にも渡って拠点としてきた西荻窪から故郷、札幌へと活動の本拠地を移す決意を固めたのである。

小山彰太は1947年10月25日、道北、天北原野の中頓別町に生まれる。小学5年生の時に札幌に移り住み、高校卒業までを過ごしている根っからの道産子である。
中学生のときにアート・ブレイキー(ds)のTVを見、高校生のときに4大ドラマーの来日公演を見てジャズにはまってしまったようである。4大ドラマーの来日公演のパンフレットによると1964年3月21日の札幌公演で小山彰太はマックス・ローチ、フィリー・ジョー・ジョーンズ、ロイ・ヘインズ、シェリー・マンという4人のグレイト・ドラマーの洗礼を受けていたことになる。本人は<いやあ、はまったというより憧れの感じでカッコイイなって見ていただけですよ>というが、折にふれてこの4大ドラマーの名前が出てくるので大きな刺激になったのは確かなようだ。因みにこのときのステージの顔ぶれは4人のドラマーのほかにハワード・マギー(tp)、チャーリー・マリアーノ(as)、秋吉敏子(p)、ルロイ・ヴィネガー(b)というビッグが揃っていた。単なるドラムのショーとしてではなく、高校生がジャズの真髄を感じ取るには充分すぎるメンバーだった。
20歳のときに上京、アルバイトをしながら1年浪人し、翌年、早稲田大学文学部に入学、名だたる名門、早大モダン・ジャズ研究会に入る。本人曰く<別にジャズをやるために早稲田に入ったんじゃないんだ、たまたま早稲田に入ったらジャズ研があったから入っただけで、その時点ではまだプロになろうなんて意図はなかったの、でも、かなりの勢いでジャズ研には入りびたったよ>ジャズ研での活動と並行して小津昌彦(ds)について3年間ドラムを習っている。<ジャズ・ドラムをちゃんと勉強しようと思って小津先生に3年位習って…プロになろうって云う意識が固まったのはその頃だね、なんでも3年はかかるよ>根が真面目な小山彰太はこの時期徹底してドラムに打ち込む。早稲田在学中はいろんなライヴを聴きあさったという。
そして在学中から大友義雄(as)や高瀬アキ(p)に誘われてライヴの場で演奏を始めている。ジャズ研の仲間、板谷博(tb)等とも演奏を始める。板谷博とは80年代後半から96年、板谷博が急逝するまで「板谷博 ギルティフィジック」に所属、『Shake You Up/Live At Shinjuku Pit inn』(AKETA'S DISK)や『VAL』(off note)を残している。また、ギルティフィジックでも一緒だった松風鉱一(sax)とも気が合い、松風鉱一トリオにも加入、『松風鉱一トリオ/ア・デイ・イン・アケタ』(AKETA'S DISK)や『万華鏡』(off note)を残している。
74年、早大を卒業した後、大友義雄4、板橋文夫3、高瀬アキ3、池田芳夫4等でプレイする。高瀬アキとは初顔合わせから20年後の1994年10月、高瀬アキ・セプテットのヨーロッパ・ツアーに加わりドナウエッシンゲン音楽祭などで演奏、このツアー中に『The Takase Aki Septet/Oriental Express』(OMAGATOKI)を残している。このときのツアーには林栄一(as)、片山広明(ts)、板谷博(tb)、五十嵐一生(tp)、井野信義(b)といった日本のジャズの牽引者たちが同行した。
「新宿ピットイン」や「アケタの店」などでミュージシャン仲間から注目されるようになり、かなり忙しくなってきた頃に坂田明(as)から声がかかる。ちょっとフリーキーなことをやるからオーディションに来て、とのことでスタジオに出向き坂田と手合わせをした。そのとき、何故かスタジオには山下さんが居合わせたのだそうである。坂田明トリオへの参加が決まると同時に山下さんの頭にも山下3の次期ドラマーとして小山彰太の名前がしっかりとインプットされ、76年の山下3加入につながったのかもしれない。
それまでは4ビート主体で叩いてきた小山彰太にとってはいきなりのフリーである。山下さんからはフリーの作法というか心構えのような話をよく聞いたという。<一番面白かったのはね、フリーっていうのは先ずやるって云うか、音を出してみる。ある意味、プロもアマも関係なく音出るじゃん、でも、アマチュアだとずっと面白がってやれない、あきちゃう。でも、プロというのは今日もやれる、明日もやれる、ずっと出来るのがプロとアマの違いだって山下さんから云われたことがある。で、ずっとやっていると耳も鍛えられていい音、いい事やってる、って自分で判断できるってね>
坂田明トリオ在籍時には『ペキン』(FRASCO)でモンクの<ブルー・ボリバー・ブルース>を演奏している。モンクの傑作『ブリリアント・コーナーズ』(Riverside)に入っている曲で、このときのドラムはマックス・ローチであった。小山彰太は前にも触れたように4大ドラマー公演のなかではマックス・ローチにいちばん魅かれたという。

 

4大ドラマーで誰に興味を持ったのか聞いた。<俺、マックス・ローチだよ、圧倒的に、ローチですよ、おれは!>。そしてローチの<きちっとした感じ、あれが自分にフィットしたの。いやあ、逆だな、自分がヘナヘナだからああいうローチみたいなきちっとした人が好きなんだな>と云う。いえいえ、ミュージシャン仲間の間では<彰太はとにかく真面目で気さく、人がいい、いい奴だよね>というのがもっぱらの評判である。因みに話しの中で筆者がローチのことを<カチッとしている>と表現したら彰太さんから<いや、キチッとだよ、カチッとではなくキチッとだよ>といい直された。キチッと真面目な彰太さんらしい。
山下3解散後は武田和命(ts)や板橋文夫(p)等のグループで叩きながら様々な編成のグループを作り、自己の音楽を探求する。
1997年には竹内直(ts)、是安則克(b)と『一期一会』、1999年〜2000年には林栄一(as)、齊藤徹(b)との『往来トリオ』としての作品を残している。
そして2001年には山下3ゆかりのミュージシャンやライヴで共演を重ねているミュージシャン達、山下洋輔(p)、坂田明(as)、林栄一(as)、井上敬三(sax)、国仲勝男(b)、加藤崇之(g)、原田依幸(p)吉野弘志(b)等とのデュオでアルバム『音三昧T、U』(Ohrai Records) を作っている。林栄一(as)とはその後も折に触れてデュオを行っていて2004年『セネストパティー』(GAIA Records)、2007年『白神』(Ohrai Records)などを残している。その林栄一は<彰太さんって兄貴みたいな感じだね、俺がやんちゃな弟って感じだよね。凄く真面目で優しい人だよ>。小山彰太も林栄一のことを<栄ちゃん、凄い好きだよ、アイツのもっている音がさ、そこが凄い好きだよ。信頼できるんだ>。二人の関係はまさに"Brother"なのであろう。
また原田依幸とも「アケタの店」をベースに永年演奏を共にしている。原田依幸グループ、原田依幸(p)、時岡秀雄(ts)、望月英明(b)、小山彰太(ds)のカルテット。原田依幸は小山彰太がスケジュールの都合が合わない場合はトラを立てずにドラム・レスで演奏している。二人の交流の深さを物語っている。
もうひとつ小山彰太が参加しているユニット「幽玄郷」、石井彰(p)、吉野弘志(b)、市野元彦(g)そして小山彰太(ds)。ゆったりとした流れの中で4人が俗世界を離れて自由にさまよう風情がなんとも優雅で楽しいユニットであるが小山彰太が抜けることにより、この夏で解散することになりそうである。
最近は若いミュージシャンとも積極的に交流をしていて2010年にはスガダイロー(p)、川村竜(b)と『KSSU-外伝』(Ohrai Records)を録音、近作には2011年11月 南野梓(vl)、谷村武彦(g)等と名古屋で収録した『悪くない』(Petit Paris)がある。
<板さんも井野さんも、栄ちゃんも吉野も好きだし、若い人にもいいミュージシャン、好きな人はいっぱいいるよ、スガダイローも川村竜も凄くうまいよ、スガはアイデア・マンだし、>

また、小山彰太はドラムソロのアルバムも何枚か作っている、全編ドラムソロというのはかなり珍しい。彰太さんにドラムについて語ってもらった。<新しい人にもいい人いるけどやっぱりローチでしょ、きちっとしているし。あとフィリーはちょっとななめで、でもこの魅力はなかなか凄いんだよ!あとはやっぱりエルヴィンですよ。やわらかい感じで音に包容力があってね。以前、風邪ひいて頭痛かったんだけど、どうしても(エルヴィンの)生が聴きたくて「ピットイン」に行ったら風邪治っちゃった。やっぱり気持ちよくてそれが体によかったんだね。ローチ、フィリー、エルヴィン、ブレイキー、やっぱりこの辺になっちゃうな、若い頃から僕にとってはアイドルのまま、今でもここにつきるね>
ずばり彰太さんにとってジャズって何?と聞いた。
<えー、それは厳しいわ、難しい質問だなぁ。しみじみ考えたことないなあ…結構好きなんだよね…落語とかさ…こういうものがあって良かった、そういう感じかなぁ。ジャズっていうのが世の中にあるっていうのがさ、良かったなぁって思うね>
ジャズやっていて良かったって思うことはあった?
<グレなくてよかった、でもジャズにグレちゃったから同じことかな(笑)ジャズにグレちゃった人生なんだ(2人で大笑い)>
西荻から札幌へ新たな展開を切り開こうと決めたことについて
<ミュージシャンを休業するつもりは全くないの。拠点を変えるだけで、旅もしようと思っているし。最近、ひとりで旅して地元のミュージシャンとやったりすることが多いんだけどアマとかプロとか関係なく、こういうのも、こういう音もありなんだとか、凄く自分自身が楽しくやれるんだよ。それと北海道の帰省ツアーなんかで一緒にやっている仲間とかさ、東京で知り合った(地元札幌の)奴とかが待っているからって云ってくれるから…それで決心したのよ>
この6月から7月の間、各地のライブハウスで小山彰太の帰省記念ライヴが企画されていてこの2ヶ月間、多くの友人に囲まれて小山彰太は思いのたけを叩きまくることになっている。そしてお盆明けには札幌のライブハウスで小山彰太の顔が見られるかもしれない。札幌での活躍を期待したい。


望月由美

望月由美:FM番組の企画・構成・DJと並行し1988年までスイングジャーナル誌、ジャズ・ワールド誌などにレギュラー執筆。 フォトグラファー、音楽プロデューサー。自己のレーベル「Yumi's Alley」主宰。『渋谷 毅/エッセンシャル・エリントン』でSJ誌のジャズ・ディスク大賞<日本ジャズ賞>受賞。

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#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
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#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
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by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


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カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

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#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
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オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
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