Vol.27 | 早坂紗知 @メールス・フェスティヴァル1992
Sachi Hayasaka @Moers Festival 1992
(C)横井一江 Kazue Yokoi

1987年、メールスでのこと。
ジャズ祭の全てのプログラムが終わった後のアフター・アワーズ、私は当時の音楽監督ブーカルト・ヘネンが経営するクラブにいた。そこにハンス・ライヒェルが元気いっぱいの若い日本人女性を連れて現れた。それが早坂紗知の演奏との最初の出会いだった。
藤川義明イースタシア・オーケストラのメンバーだった早坂紗知を見たハンス・ライヒェルが彼女を気に入り、ブッパータールに呼んだらしい。そして、永田利樹、つの犬と共にあちこちで演奏していたのだ。当時のハンス・ライヒェルが弾いていたのはダクソフォンの原型ともいえる楽器で、立ってノコギリをひく時のような感じで弓を木片に当てて弾いていた。小さなハコということもあっただろう。見知らぬ土地に立つゆえのテンションの高さなのか、ビシバシと主張する音がクラブに響いていたことを記憶している。
奇しくも1987年のメールス・ジャズ祭のテーマのひとつは女性とジャズだった。イレーネ・シュヴァイツアー、アニック・ノザティ、マリリン・マズール、アンネマリー・ルーロフス、ジョエル・レアンドレという強者揃いの「カネイユ」というプロジェクト、高瀬アキ&マリア・ジョアンなどが、本ステージでは出演していたのである。だから、ジャズ祭の締めくくりのアフター・アワーズ・セッションで日本の若手女性サックス奏者が登場したのは偶然よりも必然だったのかもしれない。
 帰国後、早坂紗知はLP『フリー・ファイト』(Mobys Record)を出し、その活動が徐々に知られるようになった。そして1992年のメールス・ジャズ祭、今度は本ステージで彼女を見ることになる。ブーカルトのクラブで演奏してから既に5年、彼女は若手サックス奏者の代表格となっていた。ホルスト・ウェーバーのプロデュースでenja recordsからCD『2.26 / Sachi Hayasaka & Stir Up! featuring Yosuke Yamashita』をリリース、それに合わせたドイツ・ツアーの一環だったように記憶している。

 

考えてみたら、あれからもう20年以上経つ。光陰矢のごとしとはよく言ったものだ。恒例イベントとなった彼女のバーズデー・コンサート226は今年で27回目だった。宇崎竜童をゲストに呼び、アンコールでは山下洋輔のバッキング、途中でフリーになだれ込むというあり得ない展開で、<港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ>を唄わせてしまうということも。その日ばかりはお祭りである。
現在の早坂紗知の活動からハンス・ライヒェルとドイツをツアーしていた姿はなかなか想像がつかないかもしれない。しかし、そのような経験があってこそ、その後の活躍に繋がったように思う。フリージャズがもたらしたものは、「フリージャズ」というスタイルというよりも、ミュージシャン各々の表現の可能性を拡大したことだと考える。ヨーロッパのジャズを取り上げた映画のタイトルではないが、まさに「Play Your Own Thing」なのだ。そう考えると、その後の活動、そして最新作『La Maravilla!』にもすごく納得がいく。タイトル曲をはじめとするオリジナル曲も彼女らしさが現れていていい。そしてなによりも、私は硬質で凜としている彼女のサックスの音色、他の演奏家にはない独自のフレージングが好きだ。
早坂紗知はまさに日本のジャズにおける女性管楽器奏者の草分けである。今でこそ女性の管楽器奏者は珍しくないが、25年前は違った。十年ぐらい前から女性演奏家をレコード会社も売りだそうとし、女子ジャズなどという言葉も登場したが、そのような音楽ビジネスとは無関係に、演奏家としても我が道を突き進んできた姿は寧ろ爽々(すがすが)しくみえる。
そして、ほぼ私と同時代を生きている彼女を見ながら、歳を重ねるのも悪くないと思うのだった。

横井一江:北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年〜2004年)。趣味は料理。

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#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
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