Vol.28 | ニルス・ヴォグラム@スコピエ・ジャズ祭2009
Nils Wogram @Skopje Jazz Festival 2009
(C)横井一江 Kazue YOKOI

 2000年のメールス・ジャズ祭、最終日の2番目のステージが始まろうとしていた。テントの中を覗いてみると、若い聴衆がステージ近くに沢山たむろしていて、やけにざわざわしている。出演者を確認するためにプログラムを見たところ、「ニルス・ヴォグラム&ルート70」とあった。知らない名前である。演奏が始まった。他のステージと違って、客席の前の方で盛り上がっているのは若者達だった。リーダーは若いトロンボーン奏者、まず驚かされたのは彼の技量、そしてアコースティックなジャズをベースにした演奏でありながらも開かれた感覚は、それまで聴いてきたドイツ人バンドにはないものだっただけに新鮮で、若さがもつ勢いと共に印象に残ったのである。
 メールスから帰国した後、ヴォグラムについて調べてみた。10代の頃からコンペティションに入賞するなど、若い頃からドイツのジャズや現代音楽の賞を数多く受賞している逸材であることがわかった。奨学金を得て、1992年から1994年にかけてニューヨークに学んでいる。現在もデュオで演奏しているサイモン・ナバトフとの出会いもニューヨークで、彼がヴォグラムのカルテットのメンバーとして演奏したのが最初だったという。旧ソ連に生まれ、ニューヨークに移住したナバトフだが、後にケルンに落ち着く。ケルンにはロフトというジャズクラブがあるが、そこで初めてナバトフとのデュオで演奏。そして、1997年のメールス・ジャズ祭にそのデュオで初出演となったのである。バックグランドがわかったら、あのローカルな盛り上がりにもすごく納得がいった。そうしたところで、同年11月のベルリン・ジャズ祭のプログラムでも「ニルス・ヴォグラム&ルート70」の名を見つけた。やはりただ者ではない。と、ますます気になる若手ミュージシャンとなったのである。
そして、翌年(2001年)、高瀬アキから送られてきた『St. Louis Blues』(enja)のメンバーにヴォグラムがクレジットされていて驚かされることに。彼女のリサーチ力、やはり目のつけどころが違うと感心したのだった。ドイツといっても広く、それぞれのローカルシーンがあるのだが、当時ドイツ国内でヴォグラムは最も注目された若手ミュージシャンで、向こうのジャズ雑誌に大きく取り上げられていたということも彼女から聞いたのである。高瀬アキのそのバンドは、一部メンバーが入れ替わり、2004年からはファッツ・ウォーラーを取り上げている。これは息の長いプロジェクトであちこちのジャズ祭で演奏しており、写真はマケドニアのスコピエ・ジャズ祭にそのバンドが出演した時に撮影したものだ。

 

 現在、ヴォグラムは3つの主要なバンドを持っている。いずれも彼の作品を中心に演奏しているが、ハーモニーを重要視したアコースティックなサウンドへのこだわりを強く感じさせるカルテット編成(トロンボーン、アルト・サックス、ベース、ドラムス)の「ルート70」、バンド名そのままに故きよき時代の雰囲気、その色彩感を現代的に表現する「ノスタルジア・トリオ」、管楽器6人とドラムスという編成ゆえに小さなビッグ・バンドのようなサウンドの豊かさと広がりを持つ「セプテット」とそれぞれ異なったコンセプトを持つ。ナバトフとのデュオもそうなのだが、それぞれのコンセプトの中でジャズの様々なマテリアル、またシチュエーションによってインプロ的なもの、現代音楽から学んだこと、民族音楽的な要素などを溶融させる手法は、言い換えれば多様な選択肢、その複数性の中から練り上げられたものであり、そこに今日的な音楽の在り方がある。それを成立させているのは、マイクロ・トーン、マルチフォニックといった技巧も自然体で吹いてしまう卓越したテクニックであり、リーダーシップなのだろう。そして、どこかドイツ的なロマンチシズムを感じさせる彼のメロディに対するセンスもまた耳を惹きつけるひとつの理由に違いない。
 昨年(2012年)のベルリン・ジャズ祭では、ヴォグラムの3つのバンド(セプテット、ノスタルジア・トリオ、ルート70)とサイモン・ナバトフとのデュオの合計4ステージで出演した。ビッグネームが出演するメインの大会場ではないにせよ、これはかつてないことで、昨年から音楽監督に就任したジャズ評論家ベルト・ノグリックがいかにヴォグラムを高く評価しているか、その表れと言っていい。
 今年の春、突然ヴォグラムからメールが来た。8月に韓国のフェスティヴァルに招かれているから、帰途サイモン・ナバトフと日本に寄りたいという。こういう機会でもなければ来日は叶わない。8月19日新宿ピットイン、8月20日横濱エアジンの二箇所だけだが、ブッキングすることが出来た。シンプルかつ多彩な広がりをもつ音空間を創造する希有なデュオを日本で観るまたとない機会が出来たことを嬉しく思う。
 ドイツで最初に世界的な評価を得たジャズ・ミュージシャンはトロンボーン奏者のアルバート・マンゲルスドルフである。自己のスタイルを探究する姿勢といい、類い稀なテクニックといい、ヴォグラムはまさにマンゲルスドルフ以来のトロンボーンの逸材だ。最初にメールスで観た時に、そう思って嬉しくなったことを今思い出しながら、8月にヴォグラムと再会することを心待ちにしている。

*来日スケジュールについては「国内ニュース」欄を参照願います(編集部)。

横井一江:北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年〜2004年)。趣味は料理。

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