Vol.53 | 食べある記 X

text by Masahiko YUH

ポピュラー音楽は娯楽音楽か

 約束通り、今年最後の<食べある記>は、邦楽の大通りや横町で聴いた印象深い演奏の数々を綴っていくことにする。 
 執筆という仕事の緒についてまもなくのころだから40年以上も前のこと。新聞の音楽文化欄を丹念に読むようになって初めて奇妙に思えて仕方がなかったことがある。それはいわゆるクラシック音楽を扱うのは文化欄で、一方ジャズをはじめとするポピュラー音楽関連の記事を掲載するのは芸能欄という棲み分けが行われていたこと。変だなとは思ったものの、おかしいという声が巷から聞こえてこないこともあって、騒ぎ立てることは特にしなかった。それはともかく、どうしても納得がいかなかったのは、音楽に上下、あるいは優劣をつけようとするある種の権威主義、あるいは無意識のうちに日本人の心に巣食う差別意識の匂いがすることだった。たとえば、ジャズとクラシック。クラシック音楽は芸術で、ジャズはポピュラー音楽の1つ。このカテゴリー区分はやむを得ないとしても、ポピュラー、つまり大衆音楽だからジャズは下賎な音楽ゆえ格が下だという格付け(ある種の差別)が当たり前で通っているとしたら、もしかすると日本のジャーナリズムじたいが封建的な古い体質から未だに脱却しえていないのではないか、と当時は思ったものだ。もっとも、日本だけの通弊ではなく、たとえばヨーロッパでもオペラは芸術で、オペレッタを娯楽音楽扱いする風潮がついこの間まであった。
 それと相通じあう事例を最近になって体験した。
 10月から11月にかけて行われる文化庁主催の芸術祭。以前は演劇や舞踊と区別する音楽という部門があって、クラシックもポピュラー音楽も邦楽も参加を希望する個人も団体も分け隔てなく音楽部門に申請すればよかった。ところが、数年前からポピュラー音楽だけは音楽部門から切り離され、<大衆芸能>部門のどちらに申請してもよいことになった。しかし考えてみれば、クラシックと邦楽の審査委員しかいない<音楽部門>にポピュラー音楽分野のアーティストが申請するわけはない。といって今回は、こうした扱いには問題があるとして俎上に載せることが実は目的ではない。私はそれまで、浅学ゆえでもあるが、クラシック音楽と邦楽は歴史的のみならず音楽的にも異質な音楽だと思っていた。家にはフランスのヴァイオリン奏者、ルネ・シュメーが演奏した宮城道雄の「春の海」のSP盤があり、戦時中から戦後、レコードが擦り切れるほど愛聴した経験があるにもかかわらず。ところが、邦楽を広く熱心に聴くようになってから、クラシックと特に現代邦楽とが想像以上に親密な関係にあることが分かった。これは私にとって極めて新鮮な発見だった。そんなこともあり、音楽部門がポピュラー音楽を娯楽音楽とみなした納得がいかない措置については別の機会に取りあげるとして、芸術祭でクラシックと邦楽が同じカテゴリーにあることに限っていえば成る程と得心がいった。

クラシック音楽と邦楽は緊密な間柄にある

 枕が長くなったことをお詫びする。そこで今回は先ず、クラシック音楽と邦楽が緊密な間柄にあることを実地に示した例から。大通りを飾ったコンサートは次の4つ。

1.廣瀬量平作品連続演奏会V/邦楽器への激(たぎ)る想いを次世代に〜9月19日、古賀政男音楽博物館けやきホール
2.野坂操壽×沢井一恵/変絃自在・[筝]- ふたりのマエストロ〜12月6日、渋谷区文化総合センター大和田・さくらホール
3.日本音楽集団/気鋭のソリストと共に(藤原道山氏と市川慎氏を迎えて)〜11月20日、第一生命ホール
4.隅田川(能)+カーリュー・リヴァー(教会オペラ)/ブリテン生誕100年を前に/東京藝術大学奏楽堂シリーズ特別公演〜10月28日、奏楽堂

廣瀬量平作品連続演奏会V〜探究心旺盛な好演

 4年前に亡くなった廣瀬量平は「チェロ協奏曲」などのクラシック作品と並んで、邦楽作品や他の民族音楽へのアプローチを示す作品も数多く書いた人。
企画者の1人である長廣比登志氏は趣意文で彼の「伝統楽器作品40数曲のなかから、小中編成の20数曲をえらび〜」と述べているので、邦楽はむしろ彼の主要な作曲の場だった気もする。全5回のこの第3回で、「彩〜尺八、チェロ、打楽器のための」など、廣瀬が和楽器と洋楽器(チェロ)のために書いた作品が初めて顔を出した。故人が尺八に寄せた深い思いはつとに知られており、川崎貴久(長管尺八)による「魂ふり」はその1例だ。一方、箏の響きに何か心たぎるものを感じとった廣瀬の炎がむしろ優美な趣をたたえて燃え上がる、そんなロマンを目の当たりにさせられるスリルを感じた「 ”乱れ” による変容〜十七絃のための」での横山佳世子のソロ。17絃の世界がとても眩しく見えた。ほかに注目の4人組 ”Clover"  が好演した「八幡野」、北本秀樹(チェロ)を交えた「トルソ」や「彩」など。どれも探究心旺盛な好演だった。

野坂操壽×沢井一恵/変絃自在・[筝]〜得難い緊張美をはらんだ両者の充実し切った演奏

 上記演奏会のサブタイトルは廣瀬の「浮舟〜水激る宇治の川辺に」から引用された。この曲を彼に委嘱したのが二十五絃箏者の野坂恵子だが、二十五絃箏開発者のその野坂と十七絃箏に専念する沢井一恵が思わぬ邂逅を果たしたコンサートが注目の的になっている。大和田の会場は何と超満員で、得難い緊張美をはらんだ両者の充実し切った演奏が聴衆に深い感動を与えた。沢井一恵のソロによる、邦楽の平均率(バッハ)といっていい八橋検校伝の「六段」で幕を開ける。十七絃での「六段」は私は初体験だったが、それ以上に工夫を凝らしてこの名曲に十七絃で挑んだ沢井のドスの利いた渾身の演奏が胸を激しく突いた。野坂恵子の二十五絃箏による「五段幻想」(浦田健次郎)の後、両者のまさに丁々発止の共演。委嘱初演の「観想の佇まい」(山本純ノ介)や昨年に公募初演した「青蓮華」(前田智子)を含む4曲。故沢井忠夫の「百花譜-春夏秋冬-」での野坂(箏)と沢井(十七絃)の意を尽くした絡み合い、市川慎ら17名の男性箏演奏家のアンサンブルをバックにした「二つの群の為に」(沢井忠夫)でのダイナミックな演奏まで、伝統と現代とが時に激しく奔放に、時に自由な息吹をたたえて、昇華するかのような快感が躍った。

日本音楽集団/気鋭のソリストと共に〜龐楽器の得体の知れないその奥床しさがたまらない

 その市川慎が藤原道山とともにソリストとしてステージを飾った日本音楽集団の定期演奏会。過去に同集団が初演した和楽器のための「協奏曲」に、委嘱初演作「尺八・箏のための協奏曲 ”響(とよ)もせば” 」(高橋久美子)を加えた全4曲。ここでは現代の洋楽作曲家が同集団の委嘱に応える新作で邦楽に新風を吹き込む形が聴衆に期待されるまでになり、日本音楽集団の定期演奏会の一看板ともなっている。オープニングの長澤勝俊の「尺八協奏曲」で藤原道山が1楽章中盤のカデンツァをスコアなしで、最終盤のカデンツァでも即興で演奏する才気に富む演奏を、方や市川慎も「十七絃と邦楽器群のための協奏曲」(秋岸寛久)の第3楽章最終カデンツァで十七絃の野太い魅力を活かしたセンスのいい演奏を披露した。それにしても邦楽器の音の響きは、西洋の楽器にはない不思議な豊かさがある。得体の知れないその奥床しさがたまらない。

隅田川(能)+カーリュー・リヴァー(教会オペラ)〜アイディアを凝らした跡がさまざまに

 一度ナマの舞台を観ながら聴きたいと思っていたブリテンの『カーリュー・リヴァー』。日英のスタッフや、鈴木准(狂女)や福嶋明也(渡守)らに芸大の現役や出身者の合唱を混じえた出演者の奮闘と力演で、必ずしも万全とは言えないが見ごたえ聴きごたえのある教会オペラ『カーリュー・リヴァー』だった。ブリテンがいかに能の『隅田川』に心を奪われて、この教会オペラに仕立て上げたかがよく分かる。彼が相棒のテノール、ピーター・ピアーズと来日したのは1956年2月。それから8年余の歳月を擁し、アイディアを凝らした跡がさまざまに、たとえば『隅田川』をそっくり写し取るのではなくキリスト教に即した筋書きに書き改めた教会オペラであり、とはいえ随所に能の真髄を西洋のコンテクストに置き換えようとした彼の真意などが、雅楽(特にオルガンで奏する笙の響きなど)にヒントを得た教会音楽の響きを通して再現された舞台であった。また、2部仕立ての第1部に観世流の面々による能の『隅田川』を配した構成に拍手。かくして、ブリテン生誕100年と<上野の山文化ゾーン・フェスティバル20周年>をうたった芸大特別公演は成功裏に終演した。成功へと導いたスタッフや出演者の健闘を称えたい。

5.藤井昭子演奏会〜10月15日,紀尾井小ホール
   w.岩田柔何(箏)/八重霞、西行桜、残月、雪
6.山勢麻衣子演奏会〜10月29日,紀尾井小ホール
 w.野坂操壽(箏)、福原徹(笛)、梅屋右近(小鼓)藤原道山(尺八)/秋風の曲、箏三弦二重奏曲(杵屋正邦)、十返りの松
7.山木七重リサイタル〜11月2日、紀尾井小ホール
 w.千葉眞佐輝(三絃)、田辺頌山(尺八)、山登松和(三絃)/初音曲、さらし、熊野
8.CLOVER コンサートVol.1
 〜11月22日、渋谷区文化総合センター大和田・伝承ホール
9.吉岡龍見・富元清英演奏会〜12月7日、紀尾井小ホール
10.高橋翠秋・胡弓の栞〜12月3日、紀尾井小ホール

 上記の演奏会は主として私の好きな地歌を中心とするこぢんまりとした、いわば邦楽横町で聴く雰囲気を漂わせたコンサート。このうち(5)、(6)、(7)は文化庁芸術祭参加公演と銘打った会で、審査結果が発表されていない段階で抜け駆けするかのように演奏内容についての評文を書くわけにはいかない。ここではそれぞれに力の入った演奏会であったとだけ記しておくことにし、あとは上記に付記した共演者と演目とを一瞥して想像をめぐらしていただきたい。

CLOVER〜若さの芳香が漂ってくるような溌剌たるクヮルテット

 CLOVERは昨年初春に結成されたばかりの若手邦楽演奏家4人組。芦垣美穂を母に持つ芦垣雪衣、父が川村泰山という尺八の川村葵山、深海さとみを母にもつ吉川あいみ、母親が亀山香能の中香里。まさに若さの芳香が漂ってくるような溌剌たるクヮルテットだが、演奏も新鮮かつ才気ほとばしるもの。冒頭で紹介した廣瀬量平の「八幡野」を活きいきと何のケレン味も感じさせずに演奏して強く印象づけたのが彼らだった。このうち中香里については過去に食べある記で何度か触れている次代のホープだが、芦垣、川村、吉川の3者も負けていない。とにかく感覚が現代っ子らしく物怖じせず新鮮。親譲りの素質に加えて磨きをかけた秀逸なテクニックで、邦楽の新しい世界の到来を予感させる。スコアなしで演奏した「根曵の松」では、とりわけ手事で実力の片鱗を示し、息がそろったときのノリのよさが爽快。中香里が十八番にする「明鏡」は川村とのデュエットで、相変わらず彼女の三絃が出色だった。明快なアーティキュレーションと鮮やかなテクニック。あるいは3楽章からなる「箏四重奏曲」(船川利夫)での格調さえ感じさせるモダンな奏法やリズムのセンスなど、ここまでくればさらに時代を切り裂く音を望みたくなるほど魅力的なグループである。私が聴いた限りで、本年ピカ一の新人賞といったところ。

日韓、日中の興味深い顔合わせ

 吉岡龍見と富元清英、及び高橋翠秋の2つのコンサートでは、前者が韓国の玄琴(コムンゴ)演奏の第一人者、李世煥との共演、後者が中国の二胡奏者、澎秀敏との共演という、この二つの興味深い顔合わせに注目した。
 李世煥はソロで「玄琴散調」、吉岡龍見との共演で「アリラン」と和の旋律を即興で織り交ぜていく「和」、箏(富元清英、吉岡景子)と尺八(吉岡龍見と吉岡龍之介)のアンサンブル形式の演奏で、「出鋼」(チュルガン)に和の色を加えて構成した演奏を試みた。コムンゴは形状は日本の琴とよく似るが、細い棒を指にはさんで爪弾く奏法や単に指で弾く奏法でパンソリ風情緒を情動的に表現する。箏とは異質の楽器だと痛感した。それとともに日韓の美意識の違いが歴然としているのを目の当たりにしながら、違いを超えた共演に挑む吉岡夫妻の姿勢に共感した。
 一方、胡弓も二胡とは、ともに擦弦楽器で形状こそ似てはいるものの、極めて異質な楽器だとあらためて感じた。奏法上のコンセプトから言えば、二胡はヴァイオリンやチェロに近い。対する胡弓はまさしく和の楽器だ。チェロのように弾く二胡と違って、胡弓は二胡より遥かに長い弓を左右に滑らせ、しかも両足で挟んだ楽器そのものを左右に回しながら演奏する。この共演を聴き、ことに共演の演目「狐双曲」をみずから作曲したことを知って、私は高橋翠秋が胡弓への愛着や思いがいかに強いかを再認識した。彼女は作曲をよくするだけでなく、竹本駒之助(浄瑠璃)、鶴澤津賀寿(三味線)と共演した本朝廿十四孝からの「狐火」(迫力ある好演だった)のように、再構成や編曲の腕にたけている。作曲と演奏に境界線を敷かない点でマイルス・デイヴィスをふと思い浮かべた。ふだん歌舞伎の仕事が多いと聞くが、こうした挑戦的な演奏会をもっと試みて欲しいと思わずにはいられない。

11.東京藝術大学音楽部/邦楽第七十九回定期演奏会
 〜11月28日、東京藝術大学・奏楽堂

「櫻絵巻」がスペクタクルな舞台を実現

 芸大の邦楽定期は箏曲や流派別の尺八あり、能や雅楽あり、長唄や日本舞踊ありでヴァラエティに富む。今回は最後に登場した長唄、邦楽囃子、日本舞踊が共演しての「櫻絵巻」がスペクタクルな舞台を実現して観客の大きな拍手を誘った。何しろ約50人が1つの舞台にそろっただけでも圧倒される。その上、邦楽のさまざまなカテゴリーの音楽や節が取り入れられ、二部合唱の活用やモダンな楽器の使用も効果を上げて、迫力満点。さらに目にも鮮やかな色彩の衣装をまとった日本舞踊が観客を魅了した。

12.出雲蓉の会/歌舞伎との出会い〜11月24日、国立劇場(小)

進化した舞いの境地の一端を示した

 出雲蓉の地歌舞にかけるパッションは衰えることがない。昨今はこの執念を思わせるひたむきな情熱と創造力をさらに押し広げ、地歌舞で会得した境地に日本の伝統的芸能文化の芝居心を移植し、芸域をさらに広げ高めようと地道な努力を払っているようだ。今回の演し物は、近松門左衛門の「夕霧文章」と義太夫「須磨浦組打の段」。江戸時代に大阪で最高の遊女とうたわれ、短い生涯を終えた夕霧を情緒豊かな地歌舞にしなやかな芝居のスピリットを注入した演技で魅せた出雲蓉だが、後半の「須磨浦組打の段」での意欲的な舞台はさらに彼女の芸に賭けた新境地を示したような気がする。言うまでもなく源平の一の谷合戦で源氏の熊谷直実が平家の平敦盛と対決する場面。彼女はこの大将二役を素の舞いで演じ分ける冒険を試み、見る者を感動させた。高橋翠秋の「狐火」で人々に感銘を与えた竹本駒之助の浄瑠璃(三味線・鶴澤津賀寿、尺八・川瀬順輔)が興趣を盛り上げ、出雲蓉が活きいきと舞台を動き、進化した舞いの境地の一端を示したのではないか。(2012年12月16日記)

悠 雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


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