Vol.29 | 姜泰煥@横濱ジャズプロムナード2002年
Kang Tae Hwan @Yokohama Jazz Promenade 2002
photo & text by Kazue Yokoi 横井一江

 8月8日、齋藤徹が21年前に東京とソウルで行った日韓伝統音楽・邦楽・ジャズの総合オーケストラ「ユーラシアン弦打エコーズ」を当時のメンバー5人を含めた日韓の音楽家・ダンサー、そして齋藤徹と度々共演しているピナ・バウシュ舞踊団のソロ・ダンサーのジャン・サスポータスが加わった形で企画、公演するというので出かけた。そのステージに姜泰煥の姿を見た時、彼が日本に紹介された約25年前のことをふと思い出していた。サムルノリを皮切りに韓国の様々な音楽が日本で知られるようになった頃である。当時、韓国の音楽が紹介されるようになった背景には1987年の民主化宣言に繋がる韓国の政治状況の変化があった。

 姜泰煥が初来日したのは、近藤等則が企画した「トーキョー・ミーティング」、1985年のことである。サムルノリの金徳洙が近藤に姜を推したことでこの来日が実現したと聞いているが、残念ながら私はこれを観ていない。ライヴを初めて観たのは1987年の姜泰煥トリオ(姜泰煥(as)、崔善培(tp)、金大煥(pec))日本ツアーの時だった。それ以前にテープでトリオや姜泰煥とオーケストラの共演を聴かせてもらったのだが、何よりも韓国にフリー・ミュージックを演奏するミュージシャンが居たということ、そして、姜泰煥がまるでエヴァン・パーカーのようなサックス奏法を取り入れていることが大きな驚きだった。その頃はまだ循環呼吸法とマルチフォニックスを組み合わせた奏法を用いるミュージシャンは知る限りいなかったのである。しかし、姜泰煥とエヴァン・パーカーの演奏は楽器の違いもさることながら、根本的に違うなと漠然と感じたことが記憶に残っている。
 1987年のトリオでの来日をきっかけに、日本人ミュージシャンとの共演も行われるようになった。1988年のメールス・ジャズ祭には梅津和時、片山広明、林栄一とのサキソフォン・カルテットで出演している。その後、約十年続けてきたトリオをあっさり解散してまったのだ。それまで韓国という閉鎖的な状況で音楽的な試みを重ね、探究してきた彼にとって他国のミュージシャンとの共演や異文化に触れたことは、彼の内面にも音楽にも変化をもたらしたのだろう。
 そして、1990年3月に新宿ピットインで佐藤允彦(p)、高田みどり(per)とのトリオ(後にトンクラミと名付けられる)の演奏は、アジアの即興音楽の新たな地平が開かれたように感じたのだった。そのライヴについて私は当時こう書いている。

 

 「そこに生まれた音空間は、まさしく東アジアの心象風景であった。それは都会の喧噪を孕みつつ、しかしながら、豊かな大地を想起させる懐深いものであった。三人の演奏家のうち、だれひとりもことさらアジア的なモノをその中に入れなかったにもかかわらず、その血に流れる自身のルーツを逆に示すことになったのである。カン・テーファンの用いる手法は、その類推性において、よくエヴァン・パーカーと比べられる。しかしながら、その表現手段としての技法の類推性以外の面、精神性ともいうべきものはまったく異なっている」(ORT LIVE 20)
 その日の姜泰煥の演奏に聴いた大きなうねりはどんどん深化していった。ポリフォニックな重音のコントロールといい、微分音といい、作曲作業を通して技術を磨き、実際に演奏に結びつけている。それは現在進行形でずっと続いているのだ。
 いつだったろう。朴在千が姜泰煥と共に初めて来日した時に、「姜先生の生き方がとても興味深い」と言っていたことを思い出した。単に「興味深い」というのではなく、もちろん深い尊敬の念があったことは言うまでもない。確かに姜泰煥のように稀に見る才能を持ちながらも、泰然自若としていて、商業的成功には全く無関心で、ひたすら音楽的な探究を続ける音楽家は稀少だ。

 年に一度くらいは来日している姜泰煥だが、しばらくなかなか観ることが出来ないでいた。そのためか、「ユーラシアン弦打エコーズ」の企画、演奏は文句なく素晴らしかったことだけでなく、そのステージで姜泰煥の存在感を随所で観ることが出来たこともまたすごく嬉しかった。第一部の齋藤徹の代表曲「ストーン・アウト」、韓国伝統音楽に触発されて作曲し、金石出に捧げられた作品の2013年版の演奏を終えた後、空間を切り拓く姜泰煥のソロから即興演奏が始まった時に、ふと約四半世紀にわたる日韓ミュージシャンの交流に私は思いを馳せていたのである。

 写真は横濱ジャズプロムナードで撮影したものだが、その時の共演者は佐藤允彦とさがゆきだった。

横井一江:北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年〜2004年)。趣味は料理。

JAZZ TOKYO
WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.