Vol.75| 日野皓正
1970 東京
text by Seiichi SUGITA




 日野皓正(tp)と内藤忠行(フォトグラファー)のファッショナブルなコラボレイションが、いわゆる“ヒノ・テル・ブーム”である。とにかく、カッコいい!!ザックリいってしまうと、1960年安保がファンキー・ブームだとすれば、70年安保は、ヒノ・テル・ブームである。写真家というか、フォト・ジャーナリストに足を突っ込みつつあったぼくにとって、内藤のテクニックは、結構参考になったけれども、ドキュメンタリー〜コンテンポラリー志向のぼくにとっては、ほとんど興味のない方法というわけ。また、ジャズはファッションではないしね。  たとえば、スクリーンに都電荒川線がモノクロで流れる。初めてそのムービー(内藤)と出会うという設定で、日野がアドリブで吹きまくるというイベントに足を運ぶ。ただシラけるだけで、アートとか、クリエイティビティとか、ましてや、インプロバイズド・ミュージックのカケラすらない__。コレってヌーベル・バーグのルイ・マル『死刑台のエレベーター』だよね。きっと、意識してたんだろうね。
 主演のジャンヌ・モローとマイルス・デイヴィスは、パリで恋に落ちる。製作費がかけられないので、ムービー用ではなく、写真機用のロール、TRIXで、ドキュメンタリー〜コンテンポラリーの手法(増感)で撮影される。音楽もラッシュを見ながらの一発勝負(譜面あり)。マイルスは、口唇を切りながらも、吹き続ける。皮膚がマウスピースにひっかかり、ミュートのように聴こえるではないか!!
 ヒノ・テル・ブームで最高に売れまくったのが『ハイノロジー』(takt)である。日野は、これを最後に、ファッションという形態から、より音楽家というか、アーチストへの脱皮をこころがける。マイルスは、ただカッコいいだけじゃないのです。
 自らがスポイルされつつあることを本能的嗅覚で直覚した日野は、70年、アメリカへ渡る。『ハイノロジー』からの訣別は、キャニオンの『ジャーニー・トゥー・エアー』『ピース・アンド・ラブ』『Aパート』『ラブ・ネイチャー』。日野はファッショナブルに造り上げられた日野から、日野自身に戻ろうとする、苦渋すら感じとれる。ほぼ同時期に、レジー・ワークマン(b)を日本に招聘し、完全にジョン・コルトレーンの音宇宙をめざす。
 1970年10月より、日野は新たに日本ビクター(ワールド・グループ)と契約を結ぶ。あのブラウニー(クリフォード・ブラウン)を意識する。淡々として、透明な、激しい、鋭い、そしてリリカルな音を、取り戻したといっていい。
 インタビューは、70年の夏、ヒグラシが切なく鳴く、閑静な青山の日野邸で行われる。その目の前には「バラが咲いた」の浜口庫之助がギターを弾いている邸宅がある。
__トランペッターになられたのは?
「親父が戦前、日劇のタップダンサーやってて、戦後になってトランペットをやり始めた。家で、サッチモ、JATP、それにマイルスの「イスラエル」なんかのレコードが、ガンガン鳴りっ放し。親父のラッパも鳴っている。ぼくは昭和17年生まれですから、生まれながらに、環境がジャズ一辺倒だった。ラッパをいじって遊んでいるうちに、ラッパ吹きになっちゃった。小学生だったから、9歳ぐらいかな。中学に入ると、1年、2年、3年とだんだん仕事をするようになって、2年の時には、新宿<リド>というキャバレーで、佐藤勉という技術的な師匠と出会いました。すごく厳しい人で、かわいい子には旅をさせろ式で....。中学を卒業してからは、ずっと米軍キャンプで働いていました。まだ、アドリブなんて、技術的にも、精神的にも出来ない。渋谷のダンスホール<ハッピー・バレー>なんてヘタなオケのセカンド・トランペットのアドリブなんて聴いちゃうと、一生のうちに、あんなんでいいから、アドリブをもうやりたくてやりたくて、それでも、やってもやっても出来ないんです。銀座に出られるようになったのは、18歳ぐらいかな。ウェスト・コースト全盛で、いろいろ影響された。一生懸命コピーしました。渡辺弘とスターダスターズに入ったときは、自分と方向性が違ったって気がして。クサガエ・タカオとクレッシェンド・シックスという、コンボに入ってから、やっと自分の第1歩を踏み出したという感じがした。
 その時、プーさん(菊地雅章)に、新世紀音楽研究所へ来ないかといわれて。メンバー聞いたら、ジョジョさん(高柳昌行)でしょ、金さん(金井英人)でしょ、もう、ぶるっちゃってね。できるところまでは、という気持ちで飛び込んだ。プーの影響をいろいろ受けたね。『日野、ドン・チェリーどう思うかね?』あんなの滅茶苦茶でどうしようもない。あんなの、ちっとも良くないよって、夢中でぼくが答えると、プーはぽつり、『そうかなあ、いいと思うよ』って。ぼくは、いいと思うまで、ドン・チェリーを何度も聴くわけね。もう無我夢中で。新世紀にいる頃、稲垣次郎に引っ張られ、佐藤允彦なんかとも知り合った。大橋巨泉がまだ全盛の頃ね。
 白木秀雄に引っ張られ、中牟礼貞則とか、村上建とかのメンバーで、6年も働いた。それから、プーとやって、自分のコンボを持ったというわけです」
__一般的に、ジャズに対する偏見は?
「ぼくはまったく知らない。何しろ、物心ついた頃から、如何にしてうまくなろうか、本物になろう、そればっかり。これからも、もうこれしかないだろうね。ただ、感覚だけに頼っていては、いつか限界にぶつかっちゃう...。
 日活映画なんかの殺し屋が出てきて煙もうもうのジャズなんていうのはジャズじゃない。ただ自らを卑下するってのはあるのね。社会人としての良識とか、インテリジェンスはなくてはならない。語弊はあるかも知れないけれど、それに欠けてる面があるんだね。昔、先輩にいわれたことは、“飲む、打つ、買う”を全部マスターして、一人前になるってことだけ。
 エルヴィン・ジョーンズみたいに、あんなに無学文盲でありながら、あんなにあったかくって、包容力があって、でかくて、そういうことが、自然と備わっているっていうのは、やっぱりそこに“天才”が存在するってことだと思うけど、そういう意味では、日本には“天才”なんて、ひとりもいないよね。天才には許されても、僕も含めてそうでない者は、やはり日常の生活態度が音楽の上でも問題になってくると思うからね。

 

__その当時、どんなミュージシャンを追いかけていた?
「順を追っていけば、まず、チェット・ベイカーにしびれて、次にクリフォード・ブラウンの丸コピー。それから、マイルス、リー・モーガン、フィリー・ジョー・ジョーンズ、それからまたマイルス。みんなでかい。今はまた昔のサッチモとか、ロイ・エルドリッジとかのレコード買って、いいなって思ってね。今でも二人は尊敬しています」
__“ヒノ・テル・ブーム”2年の前と後の変化は?
「そのブームだけどね、これはハタが造ったもので、ぼくが造ったものじゃない。それですごく迷惑を感じることもあるわけ。また反面、ああ忙しいと、じっくり考える暇もないから、自分の至らなさが露骨に出てきていて、今、それがすごく自分自身への戒めになっているのね。  音楽だけでなく、何事につけてもそうなんです。経験して、身体で感じて、身体で覚えて、それから、アナライズして、如何に自分に注釈をつけようかって考えて、いつも追われてるんです」
__もっともハードなスケジュールは?
「一日中、朝から晩まで3ステージ。歌謡曲の歌手のように口パクやるわけにいかないでしょう。口唇は切れてくるし、音も出なくなっちゃう。やることもなくなる。旅は1ヶ月に15〜20日。旅の間にも途中下車して演奏。また、夜行列車ですからね。あれが続いていたら、間違いなく自殺ですね。
 いやでいやでたまらなくて、さて、どうやって抜け出そうかって、考え込むわけでしょ。今は幸せです。ひとりのただの人間として」
__“ヒノ・テル”なる虚構の世界を支えたファンはいま、どこにいるのか?
「ぼくも知りたいね。今は、ロック聞いてるのかねえ。やっぱり安易な場所にいつもいたいということじゃないかねえ。
 大声で言いたい。本当のぼくは、カッコ悪いんだ!!
 人間て、そこに留まっていたら、少しもクリエイティブになれないじゃない。聴く方もそうあって欲しい。
 先日も婦人雑誌の記者が来ていうには、『イメージが壊れました。コマーシャルで見るカッコ良さみたいなものが根強く浸透しちゃってるんだね』
__イメージ・メーカー(カメラマン)は、ミュージシャンとしての日野、人間としての日野ではなく、ファッション・モデルの日野としてとらえた?
「彼の存在は大きかったと思います。お互いに。ずっと一緒に仕事をやってきて、やがて二人とも悩んだ。今はほとんど会うこともないし、それでいいと思うの。ファッションから付き合いが始まって、心の問題を話し合えるまでになったんだから、それで満足です。
 僕はね、結局バカだから、本当に純粋だってこと抜いたらバカだからなあ。それだけ頭も良くないんだよね。思ったことはすぐ口に出すし、すぐ行動にも出る。後で後悔するってこともないけどね。今、ぼくはあらゆるぼくの足跡を否定しないし、厳しい言葉だけど、そのすべてが、間違いなくぼくです。軽はずみなことも含めてすべてが。軽率な行動については、それはやはりそれだけの考えしか持っていなかったと見てもらっていいです。僕の生活と音楽は密着しているし、それを切り離せるような器用な人間じゃないんです。バカならバカで、それですべてを物語っちゃうような生活を実際しているんですもの」
 お宅を訪問してまず驚いたことは、凄く立派な伝統的日本家屋なこと。子供が大勢いること。近所の子供が遊びにきていたのかしら__。野球チームが組めるほどはいて、素敵に楽しい。
 当時、僕は『アサヒグラフ』の仕事をしていて、「日本のジャズ特集」を手がける。たしか、大阪<インタープレイ8>(8チャンネルのそばにある)であったと記憶する。「ここにも、またひとり、日野皓正のエピゴーネンが存在する__。何と、彼は、京大生、近藤等則であった。近藤はいま、アムスだろうか?
 内藤忠行とは、団塊の世代を対象とした幻の雑誌『アダージョ』で、表紙“ゼブラ”を依頼したことがある。編集長として創刊ギリギリまで係わったけれど、頓挫。理由は原資不足。まあ、よくあるハナシではある。
 内藤忠行は、白楽<Bitches Brew for hipster only>の近所に現在住んでいて、たまに、ぶらりと遊びに来るけれども、もう1滴も酒は飲まない。ニューヨークでは、ときおり、飲み交わしたのにね。(つづく)

註:大橋巨泉は、MCが本職ではない。いわゆるスタンダード=ジャズ・ボーカルの訳詞のほとんどが巨泉。ビリー・ホリデイの『奇妙な果実』(晶文社)の訳も巨泉。当時の細君は、マーサ三宅である。
70年秋、TBSの深夜番組『巨泉の今夜もシャバダバ〜』に、3夜ぼくはゲストで出演したことがある。テーマは、「ニューオリンズのいま」「ニューヨークのいま」「シカゴのいま」である。巨泉は毎回、スキャットで唄うのだけれども、メチャうまい。本物である。
「杉田さん、本職は何なの?カメラマン?」
「さあ、何なんでしょうね」
 未だ、本職って何なんでしょうね。

杉田誠一
杉田誠一:
1945年4月、新潟県新発田市生まれ。
1965年5月、月刊『ジャズ』、
1999年11月、『Out there』をそれぞれ創刊。
2006年12月、横浜市白楽に
cafe bar Bitches Brew for hipsters onlyを開く。
http://bbyokohama.exblog.jp/
著書に『ジャズ幻視行』『ジャズ&ジャズ』
『ぼくのジャズ感情旅行』。
http://www.k5.dion.ne.jp/~sugita/cafe&bar.html
及川公生のちょっといい音空間見つけた >>

♪ Live Information

9/2 Fri ●●●●(cl,ts,fl,b-cl) 大由鬼山(尺八)
9/3 Sat “モチ・ラボ” 望月孝(g)他
9/9 Fri ”G2us” 高谷秀司(g) マサ大家(g)
9/10 Sat ”モチ・ラボ” 望月孝(g)他
9/16 Fri “モチ・ラボ” 望月孝(g)他
9/17 Sat “伽藍”山内勝司(b) 井上史朗(b)
“MANDOG” 宮下敬一(g, synth)
“dbap” サトウアキラ(Light Show)
9/19 Mon ”JUNマシオ&イエロー・ジャズ・プロジェクト”
犬妾まり子(vo) 高木潤一(g) JUNマシオ(MC,vo、笛、perc)
9/23 Fri BUL松原(vo) 橋本けんいち(p)
9/24 Sat “モチ・ラボ” 望月孝(g)他
9/30 Fri 鈴木公二(ts) 岩村明記(ds) 中山朋(b)
10/2 Sun 沖至(tp) ●●●●(cl,ts,fl,b-cl)
10/7 Fri 大由鬼山(尺八)●●●●(cl,ts,fl,b-cl)
10/8 Sat ジャズ・プロムナード《午前》《夜》の部
●●●●(cl,ts,fl,b-cl) つの・けん(ds)
10/9 Sun ジャズ・プロムナード《午前》《夜》の部
●●●●(cl,ts,fl,b-cl) つの・けん(ds)
10/14 Fri さが・ゆき(vo)
10/15 Sat 斎藤勇二(b) 李 康男(ds)
10/22 Sat 金剛 督(ts,fl) 林あけみ(p)
10/28 Fri BUL松原(vo) 橋本けんいち(p)
10/29 Sat ●●●● vs 杉田誠一
11/2 Wed 竹内 直(ts,fl,b-cl)
11/4 Fri 大由鬼山(尺八)
11/5 Sat 相沢史郎 vs 杉田誠一
犬音まり子(vo) 大由鬼山(尺八)

問)Btches Brew 杉田 090-8343-5621

JAZZ TOKYO
WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


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