Vol.33 | ホレス・タプスコット@メールスジャズ祭1992
Horace Tapscott @Moers Festival 1992
photo & text by Kazue Yokoi 横井一江

 アメリカのローカル・ジャズ・シーンに目を向けると、一般的な知名度こそないが、地域の音楽シーンについて語る時に外せない、重要なミュージシャンがあちこちにいる。ピアニスト、トロンボーン奏者、作編曲家、そして活動家として知られるロスアンゼルスのホレス・タプスコットもそういうひとりだ。
 タプスコットは1934年テキサス州ヒューストン生まれ。彼がまだ子供の頃、1943年に一家はロスアンゼルスに引っ越す。セントラル・アヴェニューがジャズで賑わっていた時代である。タプスコットは黒人が多く住むサウスセントラル地区にあるジェファーソン・ハイスクールの音楽教師サミュエル・ブラウンに学ぶ。彼の元からは、タプスコットの友人であったエリック・ドルフィー、またデクスター・ゴードン、アート・ファーマー、ソニー・クリス、ドン・チェリーを初めとする多くの逸材が巣立っている。このことからもわかるように、ブラウンは地元では知られた名教師だった。高校卒業後、空軍に入隊した彼はそこでバンドに参加、除隊後も演奏活動を続ける。50年代終わりにはライオネル・ハンプトン・バンドのツアーに参加したものの、ロスアンゼルスに戻ってきてしまう。その後、地元の黒人コミュニティに根ざした音楽活動を始めたのだ。
 ところで、アメリカ西海岸のジャズといえば、クール・ジャズの影響を受けたいわゆる「ウエストコースト・ジャズ」を思い浮かべるジャズファンが多いと思う。チェット・ベイカーやアート・ペッパー、シェリー・マンなどに代表されるコンテンポラリーやパシフィック・ジャズなどのレーベルに録音されたジャズだ。「ウエストコースト・ジャズ」は白人主体の軽やかで明るいサウンドと捉えられている向きがあるが、それはレコード会社のジャケット・デザインも含めたブランディングのたまものに過ぎない。1920年代から1950年代にかけてセントラル・アヴェニューで盛んに演奏されたジャズは、「ウエストコースト・ジャズ」というブランド・イメージが創り上げたジャズとはまた別の生命力に溢れるものだったのだ。ローカル・ミュージシャンだけではなく、20年代にはジェリー・ロール・モートン、ビバップの時代にはチャーリー・パーカーなど、その時代のアイコンとなったミュージシャン、また著名なミュージシャンも数多く訪れている。
 地元で活動を始めたタプスコットは、1961年にザ・パンアフリカン・ピープルズ・アーケストラを結成、それはザ・ユニオン・オブ・ゴッズ・ミュージシャンズ・アンド・アーティスツ・アセンション(The Union of God’s Musicians and Artists Ascension 略してUGMAA)という組織に繋がっていく。AACMがシカゴのサウスサイドの黒人コミュニティに根ざした組織であることはよく知られているが、UGMAAもまたワッツ地区のそれであった。いや、AACMが設立されたのは1965年だから、UGMAAはそれに先んじており、おそらくその種の組織としては世界初のものではないかと思う。UGMAAはミュージシャンだけではなくダンサー、俳優、美術家なども加わった団体で、若者への音楽教育、音楽家や芸術家の雇用に関すること、コミュニティのプログラムを行うといった活動の他、60年代は公民権運動に関わったりもしている。

 

 そんなタプスコットのザ・パンアフリカン・ピープルズ・アーケストラに去来したミュージシャンには、デヴィッド・マレイ、アーサー・ブライス、ブッチ・モリス、ウィルバー・モリスなどがいる。評論家のスタンリー・クラウチもまたドラムスを叩いていた。タプスコットが学んだサミュエル・ブラウンの元から多くの優れたミュージシャンを輩出したように、タプスコットの元からも多くの有能なミュージシャンや教育者が巣立っていったのである。彼もまた優れた指導者だったのだ。
 私がタプスコットを見たのは、1992年のメールスジャズ祭だった。プログラムを見た時に、最前衛のジャズ、先駆的な音楽を演奏するミュージシャンが出演することで名高いメールスジャズ祭になぜ今タプスコットが、と思った。確かにロスアンゼルスのキー・パーソンで、彼のアーケストラに参加経験があるメールス出演者も少なくないが、「時の人」ではなかったからである。しかし、音楽監督のブーカルト・ヘネンが90年頃からはヨーロッパの周縁部の地域音楽にも視線を向けていたことを考えると、アメリカのローカルなジャズ・シーンをリサーチしていたとしても合点がいく。実際、1990年にはデトロイトの特集を行っている。残念ながら特集そのものは低調だったが、若きジェームス・カーターを知ったことは大きな収穫だった。
 タプスコットのピアノは、ゴツゴツとしていて、その触感にモンクを想起させるものがあった。そして、演奏を特徴づける独特のリズム感、それはタプスコットの中にあるアフリカ指向の現れだと直感したのである。Nimbus Recordingが70年代の終わりに録音する以前のタプスコットの演奏を知る由はないが、彼の活動には70年代に興ったロフト・ジャズに少なからず繋がるものがあったのだろうと想像したのだった。
 メールスジャズ祭にはもう一回1995年にザ・パンアフリカン・ピープルズ・アーケストラで出演している。音楽監督引退後のブーカルト・ヘネンにインタビューした時に、自身のレーベルであるメールス・ミュージックからその時のライヴをリリースしたいと言っていたくらいだから、素晴らしい演奏だったのだろう。それを見逃したことには後悔が残る。
 今思うに、彼がアフリカン・アメリカンとして地域コミュニティの中で醸成させたアイデンティティは、ジャズもまたローカル・ミュージックであることを想起させる。これまでのジャズの歴史語り、スタイルの変遷に主眼が置かれたジャズ史では捉えることのできない横の広がり、地域におけるジャズの受容と発展、その特徴的なスタイルにはまだまだ目が向けられているとは言い難い。そもそもジャズは各地の地域コミュニティで生まれ、発展した音楽だった。それを考えると、グローバリゼーションと新自由主義が地域社会を疲弊させている現在だからこそ、ローカルを見ること、そして地域に根ざした文化活動のあり方を考えることの必要性を感じるのだ。ローカルに生きたタプスコット、グローバル時代に生きる音楽家のひとつのあり方がそこにあるように思う。

* 関連リンク
http://www.jazztokyo.com/rip/amiri/amiri.html

横井一江:北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年〜2004年)。趣味は料理。

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