Vol.76| 日野皓正(続)
1970 東京
text by Seiichi SUGITA




 いわゆる“ヒノ・テル”ブームなるものは、まさに造り上げられた一過性のものである。70年代後葉に入り、“フュージョン”ブームが到来するも、たった1アーチストによるブームは、“ヒノ・テル”の前にも後にも1回もない。JATP、ビッグ・フォー、ファンキー等々すべからく複数によるもの。フォーク、ニュー・ロック、ニュー・ミュージックもまた、しかりである。“ニュー・ジャズ”はブームにならなかったけれどもね。
 山下洋輔トリオが席巻した独・メルス・ニュージャズ・フェスティバルは、今も、同じ名称なのかしら?
 さて、ブームの渦中で、自己が流されずに、確固として、確立していくことは至難の技ではない。造り上げられた日野皓正から、自ら創造していく日野皓正を知らしめすには、かなりの時間を要する。日野自身が、造り上げられたブームと訣別するのである。

__3度のアメリカ行きは、突破口となったか?
「いろんなこと、知らなさ過ぎたからねえ...。禅の坊さんが、他界に出なくても他界のことを見透かしてて、禅だけやってれば、他のすべてに通じるといって、それだけを修行している例のようにさ。僕には、そういうことがないじゃない? 特に、自分が分かんない時ほど、周囲に左右されて、引っぱりまわされる。アメリカに行っても、それを感じた。
 行く前は、レコードで名を知ってる人は皆、偉大なんだと思っていたし、評論家っていう人は、いろいろ、分かってないものまで、俗に言うでしょ。第一、実際に評論家ってひとりも聴きに来やしないでしょ!!
 ところが、実際にアメリカに行ってみると、偉いんだと思ってた人が、スタジオ専門みたいなつまらない金儲け主義だったり、つまらないレコードだと思って、見向きもしないでいた人が、凄いフリー・ジャズやってたりでしょ。
 もっとも、レコードに入る音ってのは、かなり変化することもあるし、それ自体、まやかしものだけれどね。
 最初に行った時は、とにかくギンギラギンよ。もう、何見てやれ、かれ見てやれ、それマイルス聴いた、ウァオ〜、もう参った。どうしようもない。ジョー・ヘンダーソン見てやれ、ウォ〜〜。もう滅茶苦茶にいい。もう全部そう感じちゃうのね。
 2度目に行った時は、落ち着きが出て来て。3度目に行った時は、エロ映画館に行く時以外は、ホテルから出たくなかった。たまに、マッコイ・タイナーなんか聴きに行くくらいで。もうホテルに居ても、分かるんだってこと。
 そういう風に、毎日、無目的でブラブラした生活して、自分を他国の中に、ひとりにして、冷静に見られたことは、すごい収穫だったんだね。そういう環境を日本にいたままで、欲しても、まず得られなかっただろうね。脱出すべき時期だったんだね。ニューヨークに居たというだけで、自分でも自分が納得できる存在だと、学んだんだ。皆、海外へ行くといいね。
 ベンダサンの『日本人とユダヤ人』って本に、「日本人は、四季に追われる90日民族」って書いてあった。外国へ行くと、日本の駄目さ加減も、良さも分かる。それを知ってこそ、より太く、大きくなれるって思えるものね」

__造られた日野皓正から、一挙に脱却したというわけ?
「アメリカに行く前の僕は、アメリカという国もファッションでしか感じてなかったんだよね。中年になっても、赤い服着て、夫婦でダンスして、アカ抜けて、センスが良くて、あいつらみたいになりたいって、本気で、憧れてたんだ。
 今は反対。そういうことは、まったく浪費だと思えて、以前とは、凄く違っちゃった。
『自分の造られた偶像に迷惑している。そんなものは、すぐなくなるだろう』
って、毛沢東が言ったら、すぐ、ホテルというホテルから、彼の肖像や絵がなくなったとか。そういうことを僕は、ブームの時に、爪の垢(あか)ほどにも、感じてないわけ。つい先ほどまで、ボサボサ頭の乞食みたいに思われてた同じ自分が、田舎に行っても、『あっ、ヒノ・テルマサだ!』。そういうのが凄く嫌なくせに、本当のことには、まだ気付いてなかったんだね。
 ブームの渦中に、その感覚で、アメリカに行ったのね。名を名乗れば、どこもフリー・パスという甘い気持ちで。ところが、どこも『ノー!!』。ミュージシャンに面会させてくれと言っても、すげなく断られる。考えてみれば、それが当然で、平等に認められれば、それが、僕の姿だと気付いたのね。これが、凄く自分を取り戻せる要因だった。短期間のうちに、マスコミの波に洗われて、平等という意味の重さが、本当に理解できたと思われるんだ。
 僕は、やっぱり、バカだね。日本のジャズ人口を高める上の、僕は、底辺になろうと思っていた時期もあって、それはその時の精一杯の気持ちだろうけど、今、考えてみると、かなりのエゴイズムがあったから、そう言えたんだね」

__すると、黒人の立場なんか、かなり敏感に感じられた? アメリカにジャズは、どんな風に定着していると思われた?
「嫌だなあ、ユーの方が知っているのに。僕なんか、凄く、表面的にしか分かってないからね。ただ、これだけ素晴らしい芸術が、何故、アメリカで大繁栄しないのか、という大いなる疑問、そこには、人種差別が根強く横たわっていると感じたね。
 白人が、権力を握っている以上、革新的な人を除いては、黒人の中から生まれた、優れたものは認めたくないという感情が、潜んでいるようなんだ。黒人は黒人だけの世界をやっぱり創ろうと考えるだろうね」

__黒人社会との接点を見出せたということ?
「ううん...どうかな。そこまでは。
初めてアメリカに行った時は、毎日のように、ハーレムやヴィレッジのジャズ・クラブに通い詰めて、昼間はブラブラ、ブラブラ、セントラル・パークや街を歩いてた。面白いんだ! 実にいろんな奴がウロウロしててさ。それで、白人なんかは、僕たちのことイエローって顔で見るんだ。チクショウ! それで原爆落としたんだなんて(笑)。あの視線、嫌だね。ブルーになったね。黒人と白人の世界は平行線かも知れないけど、黒人と日本人とは、世界を共通に出来るかも知れないって考えたりもした。
 夜は、ビル・ハードマンとか、レジー・ワークマンとか、主に黒人の家を訪問したけど、またまた驚かされたね。もの凄いところに住んでるんだ。汚い!汚い!アーチー・シェップなんて、泥のような所に住んでいる。入ると、ドアがなくて、すぐ風呂桶があって、子供がピチャピチャ、水浴びしてて、じつに奴らの強靭なエネルギーのありかが、確かにそこにあるって、ド肝抜かれたのね」

__『ピース・アンド・ラブ』(ポニー・キャニオン)というレコードを創っているが、ヒッピーの考えをどう思う?
「彼らの影響、知らず知らずに入って来ているんだろうね。ファッションなんて、完全にそうだろうし。だけど、彼らの考え方には、何か逃避的な態度が凄くあるように感じて、理想には思えないんだ。
 具体的に働いて、税を納めれば、間接的にベトナム戦争に加担していることになると、それに抵抗し、少しでも、純粋に、自分の心を持ちたいという納税拒否のための労働拒否ということには、心情的に賛成できるけどね。それを彼らの音楽、ニュー・ロックについても手放しでいいとは、いえない。
 どこかに不満があるのね。何か違うんじゃないかって。黒人の持ってきた音楽を利用しながら、それに白人のカラーをかぶせてつくった音楽が蔓延して、金儲けていやがるって思えて...」

 

__ヒッピーの常用するドラッグを通じて、単なる楽しみや逃避の手段ではなく、ひとつのサブ・カルチャーが支えられているのでは?
「うん、それは確かに」

__ヒッピー文化(サイケデリック・アートやニュー・ロック)は、ある意味でクリエイティブなもの。ドラッグ・カルチャーの日常化があればこそでは?
「うん、いわんとしていることは、良く分かるんだけど、そうなんだけど...言いづらいのよね。この頃僕は、あまりドラッグが必要じゃないと思い出しているね」

__やるとどうなる?
「レコードなんか聴けば、確かに新しい感覚で聴ける。
 ただ、トランペットの場合、やりながら吹くということは、非常に難しいのね。舌はかれてくるし、喉はカラカラになる。そこまでくると、やはり現実との闘いから、逃避的な態度になっているといえると思うの」

__レジー・ワークマンをユニットに入れて、どう?
「最初にバンと音を出したとき、参ったと思った。どうしてこうも違うのか。生活と思想と社会とその反映がすべて音になって、出てくるのね。だから、本当に重くってね。僕たちには持てない重さが、一音にあるんだ。なんで僕たちは、こうパーパー、パーパー無意味に音を連打しているのかって...。彼とやっている間に、これが僕の音楽であり、僕の求めている歌だという輪郭が見えてきたように思うの」

__それで、今のメンバーでは?
「いや、今、ユーの言わんとしていることが分かっちゃったんだよ。そういうことじゃないと思うんだ(笑)。
 分かり過ぎるほど、分かるんだ。だから弱いんだ。僕も...ううん...ううん...ね、みんな、いいミュージシャンとしか言えないんだ。メンバーの不足について土台、最初から話すことが無理だと思うんだ。リーダーは誰も同じだよ。若手を引っ張りあげることに腐心している。
 先日、ある企画で、ナベサダさん(渡辺貞夫)とプー(菊地雅章)とチンさん(鈴木良雄)と弟(日野元彦)とで音楽やったりすると、これが音楽やってく上の本当の土台じゃないかって思うでしょ。
 ジョー・ヘンダーソンは、いろいろ問題あったけど、音楽やってみるとその底辺の広さは、足元にも及ばないことが分かるよ。初めて音楽の対話が成り立つんだ。現状の日本では、まだ待つより他ないんだ。遠くはないと思うけどね。今の人たちは、僕たちの十代、二十代より何倍も速い一年というものを経験しているから、技術の面でやりたい音楽の志向性が出せない悩みも近い将来に解決できると思うんだ。
 それよりももっとでかい問題は、最後には自分のやりたいことは何なのだろうってことね。具体的には今、作曲は一曲もできなくなっちゃったしね。もともと僕はピアノを弾けないし、作曲家じゃないから、作曲できるときは、次の方向が頭に自然に沸き上がった時なんだ。不器用なんだよね。だから待って待って、ずうっと待って、それでも、できないんだ。苦しいよね。メンバー移動しようと思ってもいいミュージシャンがいなけりゃ実現不可能だし、時を待って解決しようとしても、その間音楽について話し合えるミュージシャンを僕は一人も持っていないじゃない。心の通じ合った、理想のために、皆でワーッといくような音楽やりたいと思うのよね」

__クリフォード・ブラウンを相当意識している?
「ええ。だけど抜けられませんね。あの人の遺した曲、何もかも美だよね。アドリブのどこ取っても曲になってる。生きていれば今、何をやるのか、僕の霊のなかに入ってきて教えてくれないかなって思うのね。僕の吹くバラード、もう全部ブラウン風になっちゃう。崇拝していると自然自然に似ちゃうんだろうね。マイルスの焼き直しなんていわれることもあるけど、同じ意味なんだろうね。
 彼ら巨人に比べたらまだ僕なんかほんの子供だから、模索して遠回りして煮詰めていくよりも、先輩たちのあれもこれも必要だ、必要だって、どんどん取捨選択していく段階じゃない? そういう時期が煮詰まればもっと強力なオリジナリティが出せると思うんだ。オリジナリティなんて焦ったって出ないものだし、いつかは出せるという保証のあるものじゃないけど」

__ラブ・エンタープライズを設立したが。
「あっ、これ聞いてくれた人は初めてだな。1971年7月に独立したけど、やりやすいですね。これまでギャラが見合わなくてやれないでいた僕の企画、どんどん実現したいね。
 僕は祖母の影響で霊界を信じているのね。だから現世では神に仕えているメッセンジャーだという意識があってね、世界共通である音楽で『愛と平和』のメッセージを探したいという気持ち、これいうと凄く非難されたり、誤解されたりするんだけど、数万人の群衆を一瞬のうちに鎮める力が音楽にはあると思っていたから、その音楽で修行する僕は、その音楽でもって積極的に社会に協力する姿勢を示したいんだ。
 ただ、僕自身がバカだから...前に好きな政党を聞かれて、自民党かなって答えたことがあった。後日、そのために都知事選挙の時、秦野 章の支持者として名前を印刷された。アメリカに行ってる間に印刷されちゃって、それについては、身に覚えのないことでしょ。安保は反対だし、急遽、いろんな雑誌に、弁明記事を頼んだけど、ほとんどが拒否。身から出た錆だけどね。
 そんな自分自身の矛盾をどうやって解決できるのか、この頃やっと本を読むことを覚えた。信じられないでしょ?
 僕はバカだけどね、根本的には純粋な人間なんだということが、僕の最後の頼れる綱なの。それに一生懸命しがみついてやっている。音楽にもきっとそれは出ると思って。これまでも自分自身に対する誠意と忠実さだけは、通してきたと思う」

__ベルリン・ジャズ・フェスティバル、2度目の出演について。 「メンバーで行けることが、最大の魅力です。あの国の人は、伝統的クラシックと、新しいジャズを同時に理解できるのね。
 前回の時も、老人にまでオーネット・コールマンが受けてた。凄いなって思ってた。この間(ヨアヒム)ベーレントがいうには、『きっと日野君たちも受けるよ』。どうしてって聞くと、『あそこは、ビッグ・ネームが受けないところだからって』(笑)」

 僕が最後に日野皓正を生で聴いたのは、20世紀最後の新月の夜。五反田<郵便貯金ホール>。ユニセフ主催のコンサートで、マックス・ローチ(ds)を最後に聴いた夜でもある。日野皓正は、おそろしく純粋に、自己に忠実に吹き続けている。これからも永遠に。
 日野は、「浅く広く」ではなく、すべてに対して「深く広く」なのである。ぼくの知る限り、ゴルフ、自転車(清水に住み、自転車で東京まで、ライブに通う)、仏像(トコちゃん/日野元彦の死後、彫り続ける)。
 80年代、JALでニューヨークへ向かう機内では、日野皓正のゴルフ・レッスンが流れている。凄く、うまいんだよね。(了)

杉田誠一
杉田誠一:
1945年4月、新潟県新発田市生まれ。
1965年5月、月刊『ジャズ』、
1999年11月、『Out there』をそれぞれ創刊。
2006年12月、横浜市白楽に
cafe bar Bitches Brew for hipsters onlyを開く。
http://hakuraku-bb.tumblr.com/
著書に『ジャズ幻視行』『ジャズ&ジャズ』
『ぼくのジャズ感情旅行』。
http://www.k5.dion.ne.jp/~sugita/cafe&bar.html
及川公生のちょっといい音空間見つけた >>

♪ Live Information
open 6:00pm/show 7:00pm

9/19 Mon ”JUNマシオ&イエロー・ジャズ・プロジェクト”
犬妾まり子(vo) 高木潤一(g) JUNマシオ(MC,vo、笛、perc)
9/23 Fri BUL松原(vo) 橋本けんいち(p)
9/24 Sat “モチ・ラボ” 望月孝(g)他
9/30 Fri 鈴木公二(ts) 岩村明記(ds) 中山朋(b)
10/2 Sun 沖至(tp) 古谷暢康(cl,ts,fl,b-cl)
10/7 Fri 大由鬼山(尺八)古谷暢康(cl,ts,fl,b-cl)
10/8 Sat ジャズ・プロムナード
《午後》3:00PM 古谷暢康(reeds)
《夜》 7:00PM 雅代Koktetsu(as) 古谷暢康(reeds)
10/9 Sun ジャズ・プロムナード
《午後》3:00PM 古谷暢康(reeds) 長谷川浄潤(p) つの・けん(ds)
《夜》 7:00PM 古谷暢康(reeds)
10/13 thr 坂田 明(as) vs 大由鬼山(尺八)
10/14 Fri “モチ・ラボ”望月 隆(g)他
10/15 Sat “YBYO” 斎藤勇二(b) 李 康男(ds)
10/16 Sun 鈴木公二(ts)
10/21 Fri 福田みすず(poetry reading)
“モチ・ラボ”望月 隆(g)他
10/22 Sat “JUNマシオ&イエロー・ジャズ・プロジェクト”
南部圭一(g, vo) JUNマシオ(MC,vo,笛,perc)
10/23 Sun 鈴木公二(ts)
10/28 Fri BUL松原(vo) 橋本けんいち(p)
10/29 Sat 杉田誠一vs古谷暢康(中止となりました)
11/2 Wed 竹内 直(ts,fl,b-cl)
11/4 Fri 大由鬼山(尺八)
11/5 Sat 相沢史郎 vs 杉田誠一
犬音まり子(vo) 大由鬼山(尺八)
11/6 Sun 鈴木公二(ts)
11/12 Sat 黒崎 隆(ds)“ジャム・セッション”
11/13 Sun 鈴木公二(ts)
11/18 Fri 福田みすず(poetry reading)
“モチ・ラボ”望月 孝(g)他
11/20 Sun 鈴木公二(ts)
11/25 Fri 竹内 直(reeds)
11/27 Sun 鈴木公二(ts)
2012:
1/11Wed〜
17Thr

竹内 直(ts,fl,b-cl)

問)Btches Brew 090-8343-5621(杉田)
http://hakuraku-bb.tumblr.com/
http://www.facebook.com/Hakuraku.BB?sk=wall

JAZZ TOKYO
WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


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