Vol.35 | アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハ @ベルリン・ブランデンブルグ
放送局小ホール「ソー・ロング、エリック」2014
Alexander von Schlippenbach @Kleiner Sendesaal des RBB “SO LONG, ERIC” 2014
photos & text by 横井一江 Ⓒ2014 Kazue Yokoi

 言わずと知れたドイツジャズ界の重鎮である。
 1966年11月、アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハがグローブ・ユニティ・オーケストラ(GUO)を率いてベルリン・ジャズ祭に出演したことは、ドイツいやヨーロッパのジャズ史に残る出来事だったと言っていい。その公演がビッグバンドによるフリージャズ、集団即興演奏の端緒を開いたからである。<グローブ・ユニティ>というのは委嘱作品名だったのだが、それがバンド名となった。1987年シカゴでの公演後いったん休止していた活動を2002年に再開してからは継続的に活動を続け、今年2014年もハンブルグとポツダムで演奏している。「即興演奏でも偶然性によるものだけではなく、無意識の中にも協和された、あるいは不協和な響きにもなっていく面白さがある」というシュリッペンバッハの言葉に、インスタント・コンポジションによる即興演奏を行う現在のGUOの位置づけが読み取れる。
 即興演奏では、エヴァン・パーカー、パウル・ローフェンスとのトリオは息が長く、40年以上続く不動のチームだ。昨年も「冬の旅」と彼らが言う12月恒例のツアーを行っている。このトリオはヨーロッパ・フリーのクラシックと言っていいだろう。
 他方、作編曲者・バンドリーダーとしては、1987年からベルリン市の依頼でベルリン・コンテンポラリー・ジャズ・オーケストラ(BCJO)を結成、音楽監督となり、約10年に亘って活動。21世紀に入ってからは、セロニアス・モンクの全作品を一回のコンサートで演奏するプロジェクト「モンクス・カジノ」でジャズ界に一石を投じた。また、ソロでは十二音音楽への取り組みなど多面的な活動を続けている。60年代のドイツにおけるフリー・ムーヴメントのもう一人の立役者で今なおハイ・ポテンシャルなプレイを希求し続け、古武士のような存在感で圧倒するペーター・ブロッツマンのフリー一筋な生き方とは対照的である。

 そのシュリッペンバッハが高瀬アキと共に新たなプロジェクトに取り組むという情報が入ってきた。「来年6月にアレックスとドルフィー・プロジェクトをやる」と高瀬から聞いたのは一年近く前だったように思う。あっという間に秋から冬になり、年が明けて春になった。呑気なもので、今年がドルフィー没後50周年にあたると気がついたのはつい数ヶ月前である。ベルリン・ジャズ祭で再演されるのでそちらで観ることも考えたが、メンバーが変わるという。やはりドルフィーが客死した6月のベルリンで初演を観るほうがいいに違いない。だいいち陰鬱な11月よりも初夏のほうが気持ちがいいに決まっている。桜も散った頃、意を決して行くことにした。
 このドルフィー・プロジェクト「ソー・ロング、エリック」の芸術監督はシュリッペンバッハ、そして音楽監督が高瀬アキである。この二人による双頭体制はBCJO以来ではないか。初期のBCJOではシュリッペンバッハ自身の作品も含め書き下ろし作品が主体だったが、来日公演した1996年頃には高瀬編曲のドルフィー・メドレーを演奏していたことを思い出した。今回はドルフィー作品をシュリッパンバッハと高瀬がそれぞれ編曲している。メンバーには二人のドルフィーとの共演経験者ハン・ベニンク(ds)とカール・ベルガー(vib)、他にアントニオ・ボルギーニ(b)、トビアス・デリウス(ts)、アクセル・ドゥナー(tp)、ヴィルベルト・デ・ヨーデ(b)、ハインリッヒ・ケバリング(ds)、ルディ・マハール(bcl, cl)、ヘンリック・ヴァルスドルフ(as)、ニルス・ヴォグラム(tb)。ダブル・トリオに5管、そしてゲストにヴァイブラフォンという楽器編成。オーケストラではなく、アンサンブルも各々の個人技も生きるラージ・アンサンブルというところにミソがありそうな感じだ。二人となじみ深いミュージシャンが一堂に会している。だが、てんでバラバラなキャラクターの持ち主が集合しているようでもあり、それだけに興味をそそられた。
 演奏後、帰りの車の中で聞いた話によると、このプロジェクトはドルフィー没後50周年ということで彼が最後に出演した店で演奏するのはどうだろうとシュリッペンバッハが持ちかけられたことをきっかけに始動したのだという。現存するその店に行ってみたが、そこでの演奏は無理ということで、さらなる経緯があり、最終的にベルリン・ブランデンブルグ放送(RBB)の文化ラジオ局(Kulturradio)の協力を得て、実現したのだ。会場もRBBの小ホールだった。キャパが小さい会場だったこともあるが、6月19日の公開リハーサル、20日のコンサート両日ともに満員御礼。W杯サッカー開催中は休業するジャズクラブもあるというから、大善戦である。ふと25年前にベルリン・コンテンポラリー・ジャズ・オーケストラのリハーサルをラジオ局RIAS(アメリカ占領地区放送局、現在のDeutschlandradio Kultur)に観に行ったことを思い出した。ドイツの公共放送は少なからず非商業的な音楽をサポートしている。ひとつの企画を実現させるには様々な問題をクリアさせないといけないので単純に話が決まるわけではないが、可能性が開かれているというところは日本の現状と比べて羨ましい限りである。
 高瀬アキは以前にルディ・マハールとのデュオでドルフィー作品を取り上げたCD『デュエット・フォー・エリック・ドルフィー』(enja)をリリースしており、ドルフィー作品を掘り下げて研究し、演奏してきた。今回も<ハット・アンド・ベアード>、<245>、<ミス・アン>などを取り上げている。しかし、シュリッペンバッハ編曲によるドルフィー作品を聴くのは初めてなので興味津々だった。二人はこのプロジェクトが決まった段階で、自分の好きな作品を選んで編曲作業を始めたが、それぞれ傾向の違うものを選んだようで編曲はダブらなかったという。端的に言うと、高瀬アキは独自のメロディラインに着目し、シュリッペンバッハはフォルムを考えたようだ。彼は当時のジャズの定型フォーマットから逸脱するような<アウト・ゼア>、そして<アウト・トゥ・ランチ>などを選んでいる。実際、GUOを思わせるような展開もあって面白かった。もちろん、昔ながらのフリージャズの流れをくむ即興演奏をするミュージシャンとひと味もふた味も違う演奏家が並んでいるのが功を奏したといえる。編曲にはフリージャズ、GUO、そしてBCJOなどで得た経験が生かされているに違いない。ところが、しっかり編曲されているにもかかわらず、ひとりだけ譜面台を置いていない演奏家がいた。ハン・ベニンクである。それが彼のポリシーなのだろう。編曲者のエゴが裏切られる場面もあったようだが、観ている分にはなんら違和感なく、絶妙のタイミングで入ったりと、そういう彼の存在は寧ろ愉快だった。
 コンサートを観ながら、ドルフィーという異能が書いた作品と編曲者の意図、そして演奏者の特に即興演奏部分における跳躍、それがレイヤーのように重なり合わさっている面白さ、これこそリアルジャズと思った。もっとも世間一般で考えられているジャズからすると大いに踏み外している。だからこそ、リアルジャズなのだ。私が初めてシュリッペンバッハをインタビューした時の言葉が甦ってきた。
 「ジャズの持つ要素の中には“フリー”がある。ジャズはただ作曲された音楽ではない。コード化されたクラシック音楽とは違う」
 ここにシュリッパンバッハのジャズ観が現れていると思った。

 この時の演奏の一部は、ドルフィーの命日の前日(6月28日)の深夜、オンエアされた。また、CD化されることも決定、年内に発売される見込みだ。リリースに合わせて、ドルフィー作品そして編曲等々について二人にじっくり話を聞いた上で稿を改めてまた書きたい。実はドルフィーは私の大好きなジャズ・アイコンなのである。

横井一江(よこい・かずえ):北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年〜2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)。趣味は料理。

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