
<インタビュー>
菊地雅章/杉田誠一 (1970年)
音楽は人間の“生”のすべてじゃない
七月七日夕刻、菊地雅章は一人、飄として羽田を発った。ニューポート・ジャズ・フェスティバルに出場のための突然に過ぎるエルビン・ジョーンズからの招きである。菊地はその後も一週間ばかりの日程をさき、ニューヨークでエルビンのコンボの一員として演奏するという。
杉田 何故アメリカヘ行ったのですか?
菊地 つまらないことなんだけど、まず向うからピアノが来るじゃない。つまんないピアノでもコードワークがものすごくいいわけよ。よく考えてみると、そんな難しいことじゃないんだけどさ、すごいコードの発展もあるし。そういうことを心底身につけたいと思ってさ、それで向うでないと駄目だと思って『ダウンビート』の奨学金出したら受かった。
杉田 サダヲさん(渡辺貞夫)の帰国ということも一つのショックになっていたんでしょう?
菊地 ショックとは?
杉田 結局、初めて日本に向うのものを導入してきたわけでしょ。
菊地 ちゃんとした理論をね。ショックというより、俺、嬉しかったな。
杉田 まっ先に習いに行ったわけね。
菊地 うん、俺が教えて下さいって言ったら、一人じゃ駄目だってわけよ、お金になんないし。結局、宮チャン(宮沢昭)なんか誘ってそいで行き始めたわけよ。すごく楽しかったね。
杉田 菊地さんを通して教わった人も相当いたそうですね。プーさん(菊地雅章)は理論家だといわれてますが。
菊地 それはなかったと思うよ。確かにサダヲちゃんていうのは理論家じやないよね、知っててもさ。その点、俺なんかわりと言葉つけたしたりして説明するから重宝がられただけじゃないかな。
杉田 日本に対して、ある種の絶望感はなかったんですか?
菊地 ない。それは全然ない。
杉田 ちょうど日野皓正=菊地の双頭コンポが最も人気が出てきたときでしょ。にもかかわらず、すぱっとやめて行っちゃったわけだからファンは呆然としましたね。
菊地 そうお? ミュージシァンとして不安っていうか、未知なる部分が沢山あるわけでしょ。それを知りたかったっていうだけなんだがな、あの時は。ソウルのことも知りたかったし。俺の音楽の巾でもって、あのクインテットをあれ以上スムーズに発展させることができるかどうか、ちょっと疑問だったしね。
杉田 それで結局、向うへ行かれた、その十ヶ月ってのはどうだったの?
菊地 そうねえ...どうだったかねえ...
杉田 初めてプーさんが、ジャズと出会った時と同じくらいの原点が絶対あったと思うんですけど。
菊地 まあ...少くともブルー・ノートに頼らないジャズのメロディ、ブルー・ノートに頼らなくてもいわゆるジャズのメロディックなり和声というようなもの、理論じゃなくそういうものを俺は身につけたと思っている それが果して日本人に必要かどうかまでは、まだ俺は判らないわけよ。ただ、音楽としての一つの形ね、形としてのそういうものは得たと思っているわけ。ただそれが俺にとってプラスになるかマイナスになるか、またそれがどういうように発展していって...本当は間違っているか判らないけど、その内、また、がく然とすることあるだろうね。
杉田 また行かれるんでしょ?
菊地 日本じゃ勉強できないね。まだそんなに直接的な疑問...まあ、毎日演っていて疑問はあるけど、とにかく自信がないわけよ。何故こういうことをやっているのかという確信も持てないしね。技術的とか、理論的とかそういうはっきりした音楽としての形態に於ける疑問は今のところないけど、三年か四年したら、恐らくまた出てくるだろうな。こんな状態でずっと仕事を続けていたら駄目になっちゃうだろうしね。まして俺、弱いし...環境的にもよくないし...。
杉田 もっといってたらよかったのに。
菊地 お金がないから。バークレーさ、奨学金だけじゃ授業料の半分にしかならないのよ。それで半分だけ受けさせてくれって言ったんだけど、とにかくお金なかったね。
杉田 バークレーってどんな学校なんですか?
菊地 質が落ちてるね。生従の数も千五百人くらい。教えられるわけないよ。サダヲちゃんの時は三百人くらいだった。今は兵役逃れにみな入って来るわけよ。まあ、サダヲちゃんから習ったことで残ってた疑問はなくなったけ...学校にはいろいろ腹立ったけど。でも、いいね。音楽やってると、いいね。
杉田 結局、一つの場として利用しようと。
菊地 いぞ、そうしゃないんだ。俺は発狂しょうと思って行ったんだけどね。
杉田 なるほどね。パークレーに何ヶ月行ったということじゃなくて、総体としてのアメリカと関ったというところにプーさんの原点かおるわけだ。
菊地 原点?
杉田 つまりアメリカに於て、絶対にゆるがせない基本的なものを吸収したと思うんですよ、一ヶ月しか居なかった僕自身のことを省みてみても。そういう意味で原点といったんですけど。
菊地 そうね。ジャズをやる人達と関れたこと、ょかった。
杉田 それで、日本に帰って来たとき、決定的に日本の駄目な点ということを強く感じませんでしたか?
菊地 日本は駄目になるんじゃないかと思ってたけどね、滅亡するんじゃないかとね。ところが日本に居ると慣れちゃうのよね、感じなくなってくるんだ。帰って来た当時はこんなことやっていちゃあって、本当に思った。こんなこと俺が言うのはおかしいけど、まず、ミユージシアンの層が薄いでしょ。それでジャズで容易に飯が食えている。どうしようもないね。行く前はモダンジャズで完全に飯が食えていたのはサダヲちゃんぐらいでしょ。帰って来たら凄いものね、ゴロゴロ。でもまた最近は駄目らしいね。コンサートゃっても客が余り入らないらしい。
杉田 そのへんは、やはり聴衆の耳がこえてきたんしゃないですか。乱発気味ですもの。帰国してから今のメンバーを構成するまで随分時間がかかりましたけど、どういうところで構成されたわけですか?
菊地 音楽として、のびのびとして素直だということ...そう、やっぱり音楽になっていないのは嫌なんだよ、俺。音楽になるというと誤弊かあるかも知れないけど、その人の思想なんかが変に前面に出てきているのは音楽として認めたくないんだ。聡いていて楽しくないじゃない。
杉田 思想とか理論が先行してしまっていてはね。
菊地 そう、結局、そのバランスが問題だと思うんだよね。思想というものはむしろ隠されていていいんじやないかな。俺の考えている音楽というのは割りと古くさいんじゃないかな。
杉田 厳しいこと言わせていただくと、レベルの差がある今のメンバーで音楽やっていく上でのある種の最低限での統一を望んでいらっしゃるとすれば、どこでその共通項を見出していくのかが開題となってきますね。
菊地 その人のヒューマンな、音楽にヒューマンな感じの出ている人ということかな。それが一番大事だと思うんだよね。技術的にうまくても、理論的に優れていても、やっぱりそれが一番重要なことではないね。若い人は伸びる力も早いし、素直に人間としてつきあえる人が必要だ。だってインクープレイする時も相手の音楽を信用してやっていかなきやどうしようもないでしょう。疑ってたら何にもできないからね。連帯怨が大切だと思うからね。そういう音を出せる人はそういう人間性を持ってもいると思うしね。
杉由 するとかなり妥協のないところでメンバーを構成したわけですね。
菊地 それを言っちゃうとまずい。層の薄さということはあくまでもあるよ。
杉田 その辺がやはり日本でジャズを統けていくことの大きな問題ですね。
菊地 うん、そうなんだよ。層が薄いなんてもんじやないからね。プロ・ミュージシァンとしてやっていける資格を持っているのは十人に満たないんじゃないかなあ。人間的なつき合いがなくても、一端音楽に関すると、すごく連帯感が生まれるとか、そこまでいっていないでしょう。
杉田 かなり制約のある中で、できることをやるしかないということになりますか?
菊地 いや、これからやろうとしているんだよ。日本の民族主義ってのはよく繁栄してるんじやない、慣れ合うという面ではさ。そういう障害はだんだん切り捨てていかなくちゃならないと思うし、メンバーとも音楽だけのつき合いでうまくやりたいと思うし。もちろん人間対人間のつき合いがあればこんないいことはないけど、嫌な奴でも一つ音楽をやっていけば調和が生れるというようなところまでいきたいのよ。
杉田 日野さんのグループに戻るということは考えなかったんですか?
菊地 一年ぐらい離れていると、それぞれに伸びているし、絆みたいなものもなくなって既に元のさやじゃなくなってきている。違っているわけさ、その人なりに伸びて一つのものをこさえかけている所に入って行くのは嫌だし、俺も邪魔されるのは嫌だし、対社会的なものもあったしね。
杉田 この一年、目本のジャズシーンは大きく動きましたもの。帰国して、戸惑いを感じませんでしたか?
菊地 うまくなったね、みんな。びっくりしたな。でも、ずっと向うのサウンド聴いていたじゃない。だから何か一本筋が通っていないという感じはあったね。
筋ってさ、理論で通すんじゃなくて、これは俺、自分の音楽に惑じていることなんだけど、あらゆる音楽知ってね、いわゆる音楽の厳しさなり自然さを得る、そういう所で本当の音楽のやすらぎみたいな余裕が出てくると思うんだよね。
杉田 ミュージシァンの音楽に対する姿勢が常に問われているという訳ですね。
菊地 思考面だけでやっていちゃ駄目なんだよ。
杉田 瞬間的な面で言えば音に対する真摯さ?
菊地 そうだね。その音にミュージシァンがフィットしてるかどうかだよね。それがなかったら全然意味がないよね。
杉田 自分とかけ離れた所でいくらいい音楽をその人がやっていても評価に値しないという。
菊地 それに気付かない人も居るよね。
杉田 グチっぽくなるね。日本のジャズはプアーだってサダヲさんはおっしゃってたけど、とにかくやりたい時にミュージシァンをパッと集めるなんてことは出来ない状態なんだから、自分のコンボを組んで、練習していく以外ないというところに、日本でジャズをやっていくことの不幸というか、ある種の宿命みたいなものはありますよね。もう、どの辺に基本線を置いて、どこまでそのメンバーの中で自己の可能性を引き出してゆけるかという極めて難しい開題がね。
菊地 環境の前に、俺はとにかく勉強したくてね。だけどやっている時にすごく気にしなくちゃなんないってのはとても嫌だよね。特に俺、神経が鋭敏だしさ。
杉田 絶望惑というか、先日コンサートで、プーさんがコンダクターになりましたけど、バラバラ。ああいう時、最も顕われちゃうんじゃないんですか。
菊地 いや、あれはやっぱり億に責任があると思うし、はっきり自信を持ち得ないということが大きな原因になったんじゃないのかな。だから俺自身、もっとパイダルな面の必要を感じているし、基本的にはジャズマンはスポーツマンのような筋肉と敏捷な反射神経を備えてなきゃ駄目なんだ。億はまずその辺から自信ないわけよ。今、身休づくり始めてんだ。
杉田 黒人の持っているしなやかなバネね。
菊地 そう、その辺で若い奴に期待するわけよ。戦後の経験もないし、食い物も違ってきてる。かなり俺遠の頃と社会が違ってきてるもの。
杉田 そうすると、かなりいろいろな要素を考慮して今のグループをつくってるわけですね。
菊地 と思うんだけどね。だけど評論家はきっと良く書かないと思うんだ。ピアノの重なる部分がないとか。そんなことは判っているのよ俺だって。俺達がかかわり合っている開題をね、書いて欲しいんだ。素人でも判るようなことを書いてお金とるなんておかしいと思うのよ。ほとんどの日本のジャズ評論家というのがそうでしょ、現象ばかりとらえててさ、俺、文句いいたいよ。
杉田 現象にも追いつかなくなりましたよね。現象の方がスピードかある。第一現象聴いていないじゃないですか。向うの物をいち早く購入して、バンバン訳して横流ししているだけのようなね。日本だからこそそういうのが成立するわけですよ。開題にする必要ないですよ。
菊地 そりゃそうだな。
杉田 話を変えましょう。
菊地 誹謗にするかね。
杉田 えっ、それは余り面白くない。飽きましたよ、そういう話が多過ぎて(笑)。ところで、昔から怨念のない歌はないですね。
菊地 それはさ、歌が戦いのための勝鬨きであったからで、今はそういう戦いないしさ、音楽の形は変ってきているじゃない?
杉田 形は変っても、自分が意識してないところでも怨みつらみの根深いものは絶対にあると思うんですよ。
菊地 俺なんか音に対する怨みかね。
杉田 ただ単に怨念ということでなく、もっとトータルなところで、僕は情念というものを非常に無視できない。もし仮に、そういうことが表われてないものであれば、少くとも同世代の内に於ての共有感はないんじゃないかということは基本的な所であるんですけどね。
菊地 あなたの言っていることは正論だよ。だけど今の日本じゃ正論は通らないよ。何故かね。
杉田 やっぱり見てくれとか、表面的な所でしか関っていないんじゃないですかね。
菊地 民謡なんか誰でも判るけどね。西洋音楽にはアクセサリーを見るような感覚が存在しちゃうのかね。あなたの説に俺は賛成だよ。ただ情念っていうと、今、「天井挽歌」とかああいう所でもてはやされていて、わりとドロドロしたものを想像しやすいけどさ、もっと明かるいものもあるわけだよね。
杉田 サダヲさんなんかがそれを日本人には珍しくストレートに、みごとに出せる人なんですよね。何の抵抗もなく楽器を持った瞬間にね。
菊地 スケールでかいね。あの兄弟は珍しいよ。文男といい妹といい。妹の歌っての聴いてごらん、いいよ。あのさ、(ゲイリー)ピーコックどうなんだろうね、あれ。
杉田 僕は失礼な言い方だと思うけど、いいと思わないんです。あの人が音楽をやってなかった何年間というものが、
菊地 やってんだよ。
杉田 やってたんですか。じゃ、易とか禅とか思想的な面をかなり吸収していた期間、どうなんでしょう、同時点に音楽というものがあったんですかね?もしそうであれば、今の演奏はもっと素晴しいと思うんですがね。あの人自身の自分との関り、対外的関りと音楽との関りの接点が果してどこにあるかということであの人の音楽には疑問がある。
菊地 それは判る。だけど音楽が自分の生活と同時点にあると考えた場合の論理でしょ。でもね、まず生活が第一義的であった時にはさ、音楽ってのはただ本人の自己発露の場であったとすれば彼は彼なりにいいわけだよ。片隅に押しやっちゃった方が音楽ってものがょく見えるってこともあるしさ。冷静に音楽に対することができるし、かえってそのものに対する敵しさが増すんじゃないかって気もするんだけど。音楽なんて人間の全てじゃないもの、それほどまでに大事なものじゃないもの...よく判んないんだけど、俺。
杉田 いや、そうじゃなくて、演奏したいという衝動が常に音楽に向けられているとすれば、音楽が自分の全てというまでに等しい存在理由がその人になければジャズはできないんじゃないかって思うんですけどね。いわゆるニュージャズはどうなんですか。
菊地 日本のはね、失敗したなあって思うのが多いよね。俺はもう少しね、ミュージシァンとして音楽に於ける「静と動」の「静」についてもっと考えて欲しいんだ。連中の相手の音、こっちもそれ以上の音っていう単純なものじゃない。でてきた音楽なんて自分の責任を離れたところにあるといえばそれまでだけど、人間ってのは反射神経かある訳でしょう。そうすると聞こえるところでは反射するけど、聞こえないところでは反射しない、ではすごくいい加減だよ。耳栓して、自分の音のみに没入するというのは別だけど、反射ということを考えると一様に平均してなくてはいけないと思うんだよ。これはピーコックの説なんだけど、音楽にはトニックとドミナントしかないと言うんだ。ということは強と弱、陰と陽だよね。最も強いドミナントは何かっていうと静寂だっていうわけよ。静寂ってことを音楽で如何に対処するかってことが判んなきゃいけないって俺に言ってたけどね。俺もそれは何年も前から考えていることだけど、改めて言われるとギョっとする。だけどジョジョ(高柳昌行)なんか頑張ってる。そこで俺の持っているノーマルにすぎる考え方、それが俺の一つのコンプレックスになっているわけよ。それをどう解決するかはまだ判っていないわけよ。ある意味で当たり前のこと...なんてんだろうな...『イズ』聴いたでしょ? 話は違うけどさ。一から四まであれ、だんだんと音楽が凝縮していってるんですよね。すごい判るね、音楽家として。
杉田 ただサイドはどうなんですかね。
菊地 あれはあれでいいんじゃないの、別にさ。チック・コリアさ、個人を尊重しているわけよ。反射が鋭い人であれば彼にとっては誰れでもいいわけよ。
杉田 前衛的だとかニュージヤズ的だとかで云々するんじゃなくて、ピアノの持っているかなり制約された...。
菊地 ピアノじゃなくて音楽。結局、音楽の存在する過程とか、音楽の存在自体を、あれで表明したかったんじゃないかと思うんだ。だからあの前に一枚、何も人っていないレコードが入っていても構わないわけよ。すごい俺判って、感激したんだけどね。そりゃあね、そうじゃないかって感じるだけで、あくまで本当のころは判らない。正解とは言わないけど、傀達音楽家のおり方について、かなり正確に彼はあそこで言っていると思うんだよ。やっぱり凡人じゃないね。
杉田 そうですね。もう一つ僕が考えているのは、これは音楽の発生の時期に戻って考えてみると一番シンプルに考えられると思うんですけど、一般的に絶対視されているいわゆる音楽の三要素がありますね。果してあれが絶対かどうかという疑問、ハーモニィとかメロディの絶対視からは妙に制約のある、解放感のない音楽が随分あるような気がするんですね。“最初にジズムありき”という説の通りまずリズムが基本にあって、それに従属したところであとの二要素があるんじゃないかという考え方にもし立ったとしたら、限界の突破口のーつがそこに隠されているんじゃないかという仮説があるんです。
菊地 それ、判るんだけど、果してリズムとメロディとどっちが先かなんて、言えないでしょ。
杉田 でもしかしね。リズムのないハーモニィは厳密に考えた時、あり得ないでしょ。
菊地 ハーモニィは必ずリズムを合んでいるわけよ。
杉田 ええ、だからリズムの中にハーモニィもメロディも合んでいると考えるわけですよ。それを進めている音楽家、僕が向うで会った中ではデイブ・バレルとかサニー・マレーとか。ああいう人達がいま鋭角化し突出してきているのは必然的だと思うんですけど。
菊地 鋭角とかいうこと、俺、すごく難しいと思うんだけど。わりと音響の結果からそういう言葉が使われているんじゃないかと思うのよ。シンコペーションとか不協和音とかで前衛とか何んとかは言えないと思うんだけどね。
杉田 当然でしょ。フリー・インプロビゼーションとか不協和音とかを称して前衛なんて言えないでしょ。