音の見える風景  


Chapter36.本田珠也
撮影:2012年10月27日
杉並産業商工会館にて
photo&text by 望月由美




 本田珠也と初めて話をしたのは1987年、珠也17歳の夏であった。当時の珠也は「ネイティブ・サン」で叩いたり、セッションに出入りし始めた頃であった。当時から珠也のプレイは真正面から相手に向かい真っ向勝負、その潔さと血気盛んさ、豹のように眼光鋭い風貌は若い女性ファンから羨望の眼差しを向けられることもしばしばだった。しかし珠也はドラムひと筋にまい進し、今やメイン・ストリームから、ロック、フリーに至るまで音楽のみなもと、リズムを牽引する起爆剤的存在となった。

 ドラマーにもそれぞれの都合というものがあるが、多くの場合は自分のグループを組織して自己の音楽世界を表現するリーダー・タイプが多い。しかし中にはドラム・セットにすべてを託し、請われれば誰とでも真剣勝負をするタイプもいる。珠也はどちらかと云えば後者のタイプ。

<僕はドラマーなんで、ドラマーがあえてメロディーをつくったりするのは面白くないというか、どっちかというとアンサンブルで自分を表現したいというよりは、今はドラムをガンガン叩いて表現したいという欲求の方が強いですね>
 自分の中で音楽的にここは確立したいというものは持っているけれど自分のユニットをつくって自分を表現したいということは目下のところないのだという。

 本田珠也は1969年東京の生まれ。本田竹広(p)を父にチコ本田(vo)を母にもち、渡辺貞夫(as)、渡辺文男(ds)を叔父にもつというサラブレッドとして早くから騒がれたが本人は世間の噂を気にかけることなく我が道を歩んでいる。子供の頃はピアノが好きで幼稚園では<きらきら星>を即興で演奏し先生を驚かせたというがいつの頃からかお鍋のふたをシンバル代わりに叩くようになった。
 そして母親のチコが聴いていたマーヴィン・ゲイ(vo)に合わせてお箸をスティック代わりにおかずを入れるようになり、ドラムに夢中になる。それを見たチコと本田竹広からドラム・セットをプレゼントしてもらったのが小学6年の時、楽器の見立ては「ネイティブ・サン」のドラマー村上寛だったという。
 13歳の時には斑尾ジャズ祭で「ネイティブ・サン」に飛び入り参加、村上寛とツイン・ドラムを叩いたのがステージ・デビューだったという。このころからロックとジャズの両方が自然と身についたものと思われる。
<ロックの良さっていうのはジャズの抑制された部分とか、そういうものが爆発して一瞬にして聴けるのでロックには凝縮されたものがあるんだ。ジャズの場合はそうしたものが、ジワジワジワジワしたものが過程にあるんだけどロックはワン、ツー、スリーってカウントしたらそこでもう完結してるってところかな>

 珠也はレッド・ツェッペリンが好きでツェッペリンのファースト・アルバムのオリジナル盤を持っているとWEBに写真を公開している。ツェッペリンの曲を演奏するトリオ「ZEK3!」を清水くるみ(p)、米木康志(b)と結成しているほどである。
<もともとはくるみさんと共演することはなかったんですけど、たまたま「アケタの店」に行ったらくるみさんがツェッペリンの曲をやっていて、今度ツェッペリンの曲だけを採りあげてセッションしませんかって誘われたのが最初なの>

 1997年には五十嵐一生(tp)、米木康志(b)などとともに「本田珠也PLANET X」を結成、アルバムも作っている。
 2000年からは父、本田竹広のトリオに加入し親子で演奏、ベースは米木康志。2004年に共演アルバム『ふるさと-On My Mind』(テイチク)を残している。
 このころから並行してケイ赤城(p)、大口純一郎(p)、清水くるみ(p)、荒武祐一朗(p)とピアノ・トリオへの参加が多くなるがみんな現在まで長年にわたって演奏を共にしていることからみてミュージシャン、特にピアニストからの信頼は厚い。
 ステージ上の珠也は演奏のあいだ中、ずっとピアニストやソロイストとアイ・コンタクトをとる。たとえ相手が目をつむっていたり、そっぽをむいていても、その表情から珠也は気配を感じとり素早く反応することが共演するミュージシャンにくつろぎと自由を与えるのかも知れない。

 2006年に結成した「Elvin Jones Tribute Band」はかなりハードなロック色の強いバンドであったがスピリットはジャズ、2007年にはアケタの店でのライヴ録音『EJTB』(AKETA’S DISK)を発表している。サブ・タイトルが「Rock魂溢れる本田珠也が贈る、Elvin Jonesへの鎮魂歌」と記されているが本田珠也の本質をとらえた名キャッチである。
 珠也はエルヴィンについて<僕にとってはドラムを始めるというか、ジャズ・ドラムを始めるきっかけとなった人です>ツェッペリンのジョン・ボーナム(ds)とエルヴィンが珠也のドラムの源泉である。

 珠也は2007年、マックス・ローチ(ds)、富樫雅彦(ds)が亡くなったあと、ジャズの世界の世代交代を感じ取ったと自らのエッセイに書いている。その1年前には父、本田竹広(p)を亡くした珠也は音楽をとりまくビジネス・シーン、ライヴ・ハウス、メディアの劣化と情報の氾濫に怒りながらも偉大な先輩たちへの敬意と感謝、そしてそれを継承、発展させることを宣言、その道に向かってひたすら進んでいる。<尊敬している人は父、本田竹広と叔父、渡辺貞夫さんかな。>
<親父は僕に音楽の基礎を教えてくれたし、親父が色々ジャズの基本を学んだのは貞夫さんだと思うしね>
 趣味はレコード、CDのコレクション。仕事の合間を縫ってはレコード・ショップを覗いているらしい。父、本田竹広の持っていたアルバムもすべて珠也がゆずりうけたそうでコレクションは膨大な量になるという。最近、オークションで清水末寿(ts)のアルバムをゲットしたというから筋金入りである。

 

 現在、レギュラーで活動している主なグループはケイ赤城(p)のトリオ、坂田明(as)F1トリオ、八木美知依(箏)とのユニット「道場」、清水くるみ(p)とのトリオ「ZEK3!」、荒武祐一朗(p)トリオ、大口純一郎(p)トリオ、菊地成孔(sax)の「ダブ・セクステット」そして峰厚介4等々、その顔ぶれを見てもオール・ラウンド・プレイヤーであることがわかる。

 本田珠也の音楽に大きくかかわってくるのが坂田明(reeds)の存在。珠也は現在、坂田明のF1トリオに加わっている。
<坂田さんを語るのは難しいなあ、ひとことで言い表せないけど…不器用なほど一途に自分を表現するところですかね(笑)>坂田明の音楽を知っているものには珠也のいうこともなんとなく判わかるような気がする。

 ロックとメイン・ストリームを垣根なしに往き来してきた珠也だが、近年はフリーにも取り組んでいる。その道筋をつけたのはお箏の八木美知依である。八木美知依は沢井忠夫・沢井一恵の門下でお箏を習得した人だが、この一門にはフリーの気風がもともとあって、師にあたる沢井一恵(箏)もジョセフ・ジャーマン(reeds)の『POEM SONG』(Yumi’s Alley)で名演を残している。
 珠也はその八木美知依とのセッションを重ねる中でペーター・ブロッツマン(reeds)、ポール・ニルセン・ラヴ(ds)など多くのフリー・ミュージシャンとの共演を重ねてきた。
<お箏は日本の伝統楽器であって特殊じゃないですか、ジャズの中で、お箏でソロをとっている人はほとんどいないんじゃないかな、邦楽の世界では型にはまった人が多いと思うんだけど…そんな中で八木さんはそれを超えたいというか、チャレンジ精神が凄い強い方なんですよ>
 本田珠也は八木美知依とのデュオに様々なインプロヴァイザーをゲストに迎えてフリー・セッションを行っている。このデュオ・ユニットを「道場」と名づけて招いたゲストを「道場破り」と称する。最近この「道場」にノルウェーのニルス・ペッター・モルヴェル(tp)とポール・ニルセン・ラヴ(ds,per)を「道場破り」に迎えて1stアルバム『道場 壱ノ巻』(IDIOLECT)をリリースした。
<今回、フリーというかフリー・フォームの演奏を録音したのは初めてだったのでいろんな意味でいい経験になりましたね>このシリーズは今後も継続される模様。
 また、このユニット「道場」は11月の下旬にはポーランドに行き「Yagi-Zimpel-Honda Poland Tour 2014」を敢行する予定になっている。

 ドラム合戦はジャズの花、『クルーパ&リッチ』(Verve)、『グレッチ・ドラム・ナイト』(Roulette)、『フィリー・ジョー&エルヴィン』(Atlantic)等々多くの歴史的名演が残されているが、本田珠也も豊住芳三郎、小山彰太との「アケタの店・3大ドラマー」、中村達也とのツイン・ドラム、森山威男Gとの共演などドラマーとの共演をしばしば行っている。森山Gとの名古屋「jazz inn LOVELY」 での森山とのツイン・ドラム<SUNRISE>はYouTube上をにぎわしている。
<森山さんは音の大きさだけじゃなくて腹の大きさ、ふところが深い、細かいところは気にしないって感じで…音も人間も大きい人だなと感じました>

 珠也の愛用しているシンバルはトルコのBOSPHORUS CYMBALS に特注で作ってもらったものだそうで、そのうちの1枚にいくつかの穴が開いている。チャイナ・シンバルに穴をあけてもらったのだそうだ。穴をあけることによって音の拡散が強くなって一般的なチャイナ・シンバルよりもエフェクターがかかったような広がりを増すのだそうだ。珠也はその姿かたち、叩きっぷりからして一見、剛腕ドラマーのようにとられているがサウンドの細かいところにも神経をとがらす繊細な感性の持ち主である。

 本田珠也は今年の7月、ペンシルバニアにある増尾好秋(g)のスタジオ「柿の木スタジオ」でケイ赤城(p)トリオの新作『CIRCLPOINT』(RED CASTLE)のレコーディングをしてきた。ケイ赤城とは私の知る限り2001年の『PALETTE』(VIDEOARTS)以来14年にも及ぶ長期にわたってコンビを組んでいることになりケイからの信頼も厚い。ケイ赤城への参加作品も今回で6タイトルとなる。ケイはTIME&STYLE JAZZの小冊子のなかで<彼はいつも音楽に革新を生み出してくれると同時に伝統への深い理解をもっています>とのべて珠也を称賛している。珠也にとっても ケイ赤城トリオでの演奏から得たものは大きかったようである。
<いわゆる日本にいるひとの日本のジャズと全然ちがいますね。全く違うから、あーいう音楽になるんです><ケイさんは作品の中でいかに自由な発想で演奏できるかってことを常にトリオでチャレンジして来たんですよ><だから、自分の中のあらゆる、どんな音楽を演奏してもケイさんのトリオで学んだこと体験したものがあるっていうか…>
 ケイ赤城はカリフォルニア大学アーバイン校で音楽教授を務めているので春、夏、秋、冬と年4回くらいしか日本での演奏は聴けないが今年の冬は12月8日から日本のツアーを行う予定になっていて珠也もその一翼を担う予定である。


望月由美

望月由美 Yumi Mochizuki
FM番組の企画・構成・DJと並行し1988年までスイングジャーナル誌、ジャズ・ワールド誌などにレギュラー執筆。 フォトグラファー、音楽プロデューサー。自己のレーベル「Yumi's Alley」主宰。『渋谷 毅/エッセンシャル・エリントン』でSJ誌のジャズ・ディスク大賞<日本ジャズ賞>受賞。

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