Vol.38
本当の日本らしさ〜マレー・アトキンソンに捧ぐ




日本人より日本の事をよく知っている外国人に会った事が何度かある。
日本人より日本の事を深く愛している外国人に会った事が何度かある。

彼はその中でも特別だ。
彼によって気づかされた事は、ひょっとすると日本という国は、人類が本来もっている優しさを最初にもっていた国ではないかと感じてしまう。

マレー・アトキンソン
今日は、日本人が元来持っていたやさしさを教えてくれた人、マレー・アトキンソンについて話そう。


Murray Atkinson(マレー・アトキンソン)
カナダ・バンクーバー出身。
シンガー、ギタリスト、キーボーディスト、作曲家。
全米Top10入りアルバムを持ち、カナダにおいて数々の受賞歴を持つロックバンド Odds(オッズ)の新加入ギタリスト。2007年バンクーバーのCFOX・FM局主催のソングコンテストにおいてシングル「El Camino」がグランプリを獲得。2010年自身のバンドSWANを結成し、デビューアルバム「Salt March」をリリース。シングル「Unfamiliar」はCFOXTop10チャートに7週ランクイン。(最高4位)


前号で話した二胡奏者・桜鳥文風と共演したギタリストだ。私も一緒に共演した。
彼は日本人が本来もっているやさしさを体得している。

ところが日本人は、それを知らない。

日本人が日本らしさを説明する時に、日本らしさを説明するための道具として、禅や生花、茶を、形式として説明することは世の中にあふれている。また、それらをツールとして利用する人も多い。
よくわかってもいない禅をもち込んでは、したり顔で説明をしている図は、日本らしさを説明しようとすればするほど日本らしさから遠ざかっていく。これは日本人として恥ずかしいかぎりである。
こういう日本人が犯す過ちは、あまたあるのである。

外国に行っても同じである。
オーストラリアに文化庁の仕事で行った時、がっかりしたのは日本語を教えていた日本人が最も日本を知らないし、何が日本らしいかを知らない。
その点で、マレー君は本当の意味で日本を知っている外国人、カナダ人だ。
彼が理解している日本は、ひとことで言うと「間合い」である。

通常ミュージシャンとのつき合いは演奏をしたら終わりである。しかし彼とはそうではなかった。今回の来日で彼に四回会った。

一回目は、十一月六日。千葉の香取にある千三百年以上続く旧家・菅谷邸(桜鳥氏の知り合い)。これが初対面。
彼の笑顔にはじき飛ばされた。笑顔の間合いでしゃべっている。突然演奏する事になったが、この間合いに打たれた。
ひきすぎない間合い。音のないときの音、鳴っていない時にこそ見事に鳴っている彼のギター。
まさしく日本美学の「わび」「さび」である。西洋人では考えられない。


二回目は、十一月十日。私のコンサートに来てくれた。ギター・ワークショップ。町田のクロップ。
ギタリストのバイブル「伝説のギター・ワークショップ」を再現すべく、ギタリストが終結した至高のイベントがあった。そこで私とマサ大家のユニット「G2us」が演奏した。
後半、客席のマレーを私は舞台に引っ張り上げた。始まったBluesセッション。唯一の外国人。しかし、この時も笑顔の間合い。エリック・クラプトンのスローハンドのようだ。たわいもない十二小節のBluesセッションなのだけれど、彼の奏でる十二小節は珠玉の十二節。間合いがない間合いが鳴っていた。


三回目は翌十一日。東京中目黒・楽屋でのコンサート。
マレーは「ゆりかごの歌」を歌った。彼が初めて覚えた日本語の歌だという。

わび、さび、しおり。子守歌の間合いが会場に響く。
会場にいた赤ん坊はいつしか眠ってしまった。

彼の奥さんは桜鳥氏の妹である。まっすぐな美しい瞳の持ち主である。バンクーバーでマレー君と出会い結婚。ふるさとの言葉の響かぬ海の向こう側である。出産はさぞ不安だったのであろう、彼女は産まれた息子に、この子守歌を何度も何度も歌ったそうだ。聞こえるままにマレーは自然に覚えてしまったという。
彼の奥さんの身体にしみ込んだものを、マレーもまた、そのままに歌う。その間合いが、私たちを眠らせる。

「桜」、日本が誇るこの古曲を、マレーはピアノ、私はギターを鳴らしてセッションした。
空(くう)を渡るインプロヴィゼーション。いつまでも余韻が終わらない。誰しもが音のない音に耳を澄ましていた。
私たち日本の響きを彼が思いださせてくれた。


四回目。十一月二十一日。山中湖のサウンド・ビレッジ。
サウンド・ビレッジ=音村。その名の通り多くのミュージシャンの音に溢れる、富士のふもとの録音スタジオである。
年に一度の音楽祭は、彼の帰国の前日だった。

「リトル・ウイング」マレーの歌うジミ・ヘンドリックスに、ビクタースタジオFLAIRのマスタリング・エンジニアの奇才・小島康太郎が、倒れた。そして彼の音にうたれた。
マレーの第一声に倒れた。
私はマレーの横でギターを抱え、その心地よさに震えていた。
これ以上は言葉にしなくてもおわかりであろう。


間合いには、やさしさがある。
相聞の思いやりが流れている。
言葉のない超古代から、日本人はその間合いを大切にし、やさしさでコミュニケーションをしていたのではないだろうか。


なぜ彼はここまで日本人より日本を理解できたか。

それは、彼がカナダ人としての本当のアイデンティティを持っているからだ。
彼がカナダ人としてのポリシーを確立しているからこそ、本当の意味での日本的なもの、真髄をイノベ―トできるのだ。
不動たる軸があるからこそ、本質が反応し得るのである。こういう存在は音楽家の中では稀有である。


変われるもの、変われないもの。

彼こそ、日本人がどこかに置き忘れてきたモノノフ(武士)である。


今度は、私が彼に、本当の日本人としてカナダを学びにいく。
(3月にカナダに行く予定である)



高谷秀司(たかたに・ひでし)
1956年、大坂生まれ。音楽家、ギタリスト。幅広いジャンルで活躍。人間国宝・山本邦山師らとのユニット「大吟醸」、ギター・デュオ「G2us」でコンサート、CDリリース。最新作は童謡をテーマにしたCD『ふるさと』。2010年6月から約1ヶ月間、オーストラリアから招かれ楽旅した。
www.takatani.com

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#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
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COLUMN
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#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
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