MONTHRY EDITORIAL02

Vol.63 「負げねぇぞ 気仙沼」〜すがとよ酒店のおかみの話 text by Mariko OKAYAMA

 東日本大震災から3年がたった。震災に思いを寄せる「ご縁」という仏教系のシンポジウムで、家族を亡くされ、その悲しみから立ち上がった方の話を聞いた。
 話し手は気仙沼で被災した<すがとよ酒店>の三代目おかみ、菅原文子さん。以下は、シンポジウムでの話と、菅原さんの著作『あなたへの恋文』(PHP研究所)からの抜粋を交える。
 菅原さんはご主人を眼の前で津波にさらわれ、同居の義父母を亡くされた。自宅の階下、ご主人に迫る津波に、2階から必死に手を伸ばし、やっと手と手が結ばれたと思った瞬間、波に呑み込まれ、行方不明となられた。2階に居た高齢の義父母は動けぬまま「いいから、早く行け!」と文子さんを促し、亡くなった。駆け上った物干し台から、津波のひいたあと、めちゃくちゃになった部屋に戻ると、義父は窓際に冷たくなっていたという。
 菅原さんは、ご主人を探した。きっと帰ってくると信じて、遺体安置所に通う日々。そんなある日、家のローンを組んでいた銀行の担当者に、返済など考えなくてよいから、自分の生きる道を考えてみてはどうか、と言われる。考えた末、菅原さんの見つけた答えは「商い」だった。これまでやってきた「商い」にしか自分の生きる道はない。夫が引き継いだ<すがとよ酒店>の看板を、なんとしてでも次の世代につなげていこう。そんな気持ちがむくむくとわいてきた。そうして、がれきの中に残った無傷の酒瓶を並べ、早くも4月23日には息子さんたちと協力し、仮店舗を開くのである。菅原さんはラベルに達筆で<負げねぇぞ 気仙沼>と書き、酒の一本一本に貼った。これが、たまたま店に立ち寄ったNHK取材班の目にとまり、全国放送で流れる。<負げねぇぞ 気仙沼>はこうして一気に人々に知られることとなり、全国から激励と注文が届くようになったのである。菅原さんは、それを、たくさんの方々との「ご縁」が生んだもの、と語った。
 「ご縁」はさらに広がる。菅原さんは知人にすすめられ、京都の「恋文大賞」にご主人への想いを綴った恋文を書き応募する。恋文は、2011年第2回恋文大賞を受賞した。シンポジウムではその恋文が、女優、音無美紀子さん(被災地で復興支援の歌声喫茶を開催)によって朗読された。「あなたへ」と題された文は、こうはじまる。

 ひぐらしがうるさい位鳴いています
 きょうは8月21日 日曜日
 お盆をすぎて街は静かになりました
 あなたが突然いなくなって5ヶ月と10日
 もう5ヶ月 まだ5ヶ月ととても複雑です
 あの日忘れようにも忘れられない
 東日本大震災が起きました
 あなたは迎えに行った私と手を取り合った瞬間
 凄まじい勢いで波にのまれ 私の目の前から
 消えました あなたはいったい 何処へ行ってしまったのでしょう

 朗読が進むにつれ、客席のあちこちで啜り泣きが漏れる。ステージ上の菅原さんは、背筋をしゃんと延ばして、音無さんの声に聴き入っていた。
 文は、仮店舗でお店を再開するまでの経緯を綴り、家族5人での新たな生活を報告し、こう閉じられる。

 季節の巡りは早く間もなくすず風が
 吹いて秋がやってきます
 願わくは 寒くなる前に
 雪の季節が来る前にお帰り下さい
 何としても帰ってきて下さい
 家族みんなで待っています
 私はいつものようにお店で待っています
 只々 ひたすら
 あなたのお帰り待っています

 書き上げた文を仏壇にあげた夜、菅原さんは震災以来はじめて、ご主人の夢を見る。「誰かの腕がすうっと伸びてきて、私の手をつかんだのです。その手の感触で、夫だとわかりました。ああ、おとうさん。来てくれたのね・・・。」
 そうして、震災から1年3ヶ月ほど経った6月5日、ご主人は自宅から数分のアパートのがれきの下から発見された。ご主人を荼毘にふした時、みんなで流した涙は、癒しの涙だったという。菅原さんはそれをこう、詠んでいる。

 仏壇におさまりて
 静かにおわす み仏の
 愛しき夫の声きこえ
 問わず語りの
 夜はふけて


 

 菅原さんは、たびたび、多くの「ご縁」に恵まれて、ここまで歩いて来られたと、感謝の言葉を重ねられた。一日に何十回となく「いらっしゃいませ」をただ繰り返していただけの酒屋のおかみが、たとえば、このシンポジウムで話させていただくのも、「ご縁」であり、有り難いことだと。そうして、どうやってその悲しみを乗り越えられたのか、という司会者の問いに、悲しみが支えにもなった、力にもなった、と答えられた。
 また、お寺の法話で聞いたという「無常は希望」という言葉を、本当にそうだ、と実感をこめて話された。生きとし生けるものは必ず死ぬ。物事には全て終わりがあり、常であるものなど、何もない。だけれど、そこにこそ、希望の光がある。
 菅原さんは著作のなかで、清水寺の森清範貫主の言葉を紹介している。貫主は、菅原さんにこう、語りかけたという。「死は、前からくるものでも、後ろからくるものでもない。いつも自分が背負っているものなのです。」「誰もが死を背負って生まれてきた。みんな死ぬのです。」
 菅原さんはその言葉に、自分もいつか死ぬ。明日はないかもしれない。それが人の定めなのだから、いつか着ようと思って大事にしまっていた服は、今、着よう。食べたいと思ったものは、事情が許すなら、すぐ食べよう。やりたいことがあるなら、すぐやって楽しもう。死はいつか必ずやってくる。でも、それを恐れていても仕方がない。今を生きよう。そう思ったという。「そう思った瞬間、何気ない日常の一コマ一コマが、宝物のようにきらめく大切なものになりました。」
 すべては「ご縁」と感謝を重ね、「無常は希望」と前を向く。その謙虚さと強さ、美しさ。
菅原さんは、最後に、いつまでも被災者、被災地と言われたくない。自分たちの力で立ち上がってみせる、ときっぱりとおっしゃった。

 TVや新聞での見聞でなく、じかに肉声に触れたこと。これも一つの「ご縁」だろう。私は帰宅し、<負げねぇぞ 気仙沼>をネットで注文した。

<すがとよ酒店>ホームページ:http://sugatoyo.com


丘山万里子

丘山万里子:東京生まれ。桐朋学園大学音楽部作曲理論科音楽美学専攻。音楽評論家として「毎日新聞」「音楽の友」などに執筆。2010年まで日本大学文理学部非常勤講師。著書に「鬩ぎ合うもの越えゆくもの」(深夜叢書)「翔べ未分の彼方へ」(楽社)「失楽園の音色」(二玄社)他。

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