Vol.66 | オーネット・コールマンを追悼する

text by Masahiko YUH



 オーネット・コールマンが亡くなったと知って、セシル・テイラーと並ぶモダン・ジャズ界最後の巨人の在りし日にしばし思いを馳せた。
 オーネット・コールマン(1930.3.19〜2015.6.11)は、もしこういう言い方が許されるなら、私が執筆者として音楽界で活動するにいたる最大のきっかけを与えてくれた人だった。顛末を話せば、他愛もないことと一笑に付される一件ではあろうが、私にとっては間違いなくオーネットは私の出発を祝福してくれた、ある意味で特別な音楽家であった。1968年だったと記憶する(何しろ半世紀近い昔のことなのでこんな書き方をお許しいただきたい)が、スイング・ジャーナル誌(当時)がポリドール・レコード会社とタイアップして論文募集をおこなったことがある。シンガーの足を洗ったばかりで、これといった仕事もしていなかった私はこの論文募集に遊び心を楽しむ気分で乗ってみることにした。どうせ当選などあるわけがないと高をくくり、それなら思い切り遊び心を堪能しよう、といい意味で開き直った。その論文のタイトルが「『クロイドン・コンサートのオーネット・コールマン』(ポリドール)を聴いて」だった。さっそくこのレコード(LP2枚組)を買って聴いた。
 コールマンのファンならご承知のように、1962年のタウンホール(NYC)でのコンサートの後、コールマンは第一線から姿を消し、トランペットやヴァイオリンの練習に明け暮れていたとも伝えられる自由な生活を楽しんでいたらしい。アルバート・アイラーとの私的な演奏を試みたのもこの頃だった。そして数年を経て、第一線への復帰をイギリスのクロイドンで果たすことになった。実際にはその2ヶ月前にコールマンはフランス映画の音楽を手がけ(『チャパクヮ組曲』として発売)、この仕事が一段落した後の8月29日、彼はベースのデイヴィッド・アイゼンゾンとドラムスのチャールス・モフェットを伴ってクロイドンに赴き、フェアフィールド・ホールで復帰第一声を飾ったというわけである。この演奏は名高いブルーノート盤『ゴールデン・サークル』の陰に隠れがちだが、クロイドン・コンサートの成功で手にした好ましい世評があってのブルーノート盤であることを私は常々思い返している。それはそれとして私はこの演奏から受けた新鮮な感動を率直に文章化してスイング・ジャーナル社に郵送した。そしてほどなく、第一席に選ばれたとの嬉しい知らせを手にした。野口久光、油井正一、植草甚一という今は亡きジャズ評論家やジャズに健筆をふるっていた方々からのお墨付きを得たようで誇らしくもあったが、なにより執筆にいそしむ道が開けた思いで心弾んだことがつい昨日のことのようだ。
 オーネット・コールマンは1970年春、ニューヨークのマンハッタン区南部のソーホーの一角(スプリング通り)にあったロフトへ移り住んだ。私がヨーロッパ経由で初めてニューヨークの土を踏んだのは6月初めだったが、ヴィレッジを歩き回ってロフトが密集する一帯にさしかかると様相が一変し始める。ロフトとはかつてヨーロッパ各国から押し寄せた貧しい移民たちが働いたさまざまな業種の倉庫のこと。時代が移り変わって使われることもなく廃墟同然となっていたロフトに前衛芸術家を標榜する人々が移り住むようになり、思い思いの看板を掲げて作品を展示しはじめたのだ。ほどなくこの一帯は絵画やファッション、あるいは前衛音楽に携わる人々の生活と活動の場となり、色とりどりのファッションやのぼりなどの看板がはためくソーホーは、界隈の住民や観光客の関心を集めるようになった。これ以後70年代後半にいたる数年間は、若いアーティストによって生み出されるさまざまな作品がソーホー・プログレッシヴ・アートとして人々の大きな関心を呼ぶにいたった。ジャズ界でも一時大きな話題を呼んだ<ロフト・ジャズ>もこうした大小さまざまなロフトでの演奏が話題となり、デイヴィッド・マレイのようにその中の主だったミュージシャンが世界の檜舞台に飛び出していったということになる。ロフト・ジャズについていえば、その原点ともいうべき場所がオーネット・コールマンのロフトだった。オーネットはここを<Artist House>と名付け、その一番広いフロアを界隈の若い演奏家に開放した。私もここを何度か訪ねて、ときにはオーネット自身の話を聞いたり、フリー・ジャズにいそしむ若いミュージシャンの演奏を取材したりした。私が滞在した1975、76年のいわばピーク時には<Artist House>に触発される形でライヴ演奏に開放したロフトは2つや3つにとどまらない。そうしたライヴ演奏で強く印象に残っているロフトでのライヴの中で、<The Kitchen>でのカーラ・ブレイとジャズ・コンポーザーズ・オーケストラの熱気溢れる秀逸な演奏などは今も決して忘れることはない。
 ロフト・ジャズとはもともとジャズの様式を指した用語ではない。60年代末以降、西洋受容に替わるサイクル運動の核が見つからないまま、ジャズは進化の運動を休止せざるを得ない時代を迎えていた。ロフト・ジャズはフリー・ジャズを中心としたジャズの先鋭的なコンセプトを軸に発展する方向性をとりながら、この運動を推進する肝腎の決定的英知に巡り会うことがついに出来なかった。コールマンの<Artist House>に続き、72年にサム・リヴァースが自身と愛妻の名を店名にした<Studio Rivbea>を開設し、アート・アンサンブル・オブ・シカゴ、アンソニー・ブラクストン、ヘンリー・スレッギルらのAIRらのシカゴAACM派の精鋭を大々的にプログラミングしてロフト・ジャズの発展を陰で支えたものの、アクチュアルな運動と決別する保守化の動きをはじめとする時代の波には勝てなかったということか。とはいえ、オーネット・コールマン、サム・リヴァースやシカゴAACM派ミュージシャンの活躍、ジャズ・コンポーザーズ・オーケストラらの自主活動が熱心なジャズ・ファンの声援を受け、当時「ロフト・ジャズ」の名で彼らの関心の的となりつつあったニューヨークの新しいジャズが、コールマンやセシル・テイラーに始まったフリー・ジャズを今日的に発展させる新たな可能性を秘めていたことは間違いない。それは、私が<WHYNOT>のレーベル名でヘンリー・スレッギルらのAIR、チコ・フリーマン、ドン・プーレンらのレコーディングを試みた発想の根源でもあった。
 この数年、ブルーノート東京がオーネット・コールマン公演実現のために奔走していることは耳にしていたが、そのつど来日不能の知らせがもたらされるたびに、年齢的な限界が近づいているのかもしれないと案じるようになった。コールマンの死が伝えられて10日も経たないうちに菊地雅章や、京都賞を受賞したセシル・テイラーの東京での祝賀コンサート(2013年11月17日)や同年における話題の1つでもあった『至高の日本ジャズ全史』(集英社新書)の出版記念会で意気軒昂ぶりを拝察したばかりの相倉久人らの訃報に接して、悲しいというより複雑な気分が右往左往する中でこの巻頭文を書いている。
 オーネット・コールマンというと、私が対比して引き合いに出すミュージシャンが2人いる。ドン・チェリーでもセシル・テイラーでもない。実は、エリック・ドルフィーとジョン・コルトレーンである。この1文を書いている7月17日はコルトレーンの命日。そのコルトレーンはドルフィーの死を伝え聞いたとき、「ドルフィーは人間として、友人として、また音楽家として、私が出会った最も偉大な人間の1人だ」と語った。口調こそ静かだったが、心の中は慟哭していたのではないかと思う。1964年4月、ドルフィーはチャールス・ミンガスのヨーロッパ楽旅のメンバーに加わって渡欧した。18日間のツアーを終えてミンガス一行は帰国の途についたが、ひとり彼だけはヨーロッパにとどまった。ドルフィーはあの忘れがたい『ラスト・デイト』(フォンタナ〜ライムライト)を吹き込んだ(64年6月2日)あと挨拶もそこそこにパリへ向かった。8月に結婚することになっていたフィアンセの女性と会うためだった。仕事でベルリンに行かなければならない27日までの約3週間、ドルフィーは件のフィアンセと生涯で最高の幸せな日々を送った。私は『ラスト・デイト』の「You Don't Know What Love Is」を聴くたびにドルフィーを思って涙ぐむ。が、次の瞬間、彼の3週間にわたるせめてもの幸せを思って救われたような気分になる。そしてベルリンに入って2日後の6月29日、夜の7時。ついにドルフィーは永遠に帰らぬ人となった。重度の糖尿病だった。
 私がオーネット・コールマンとエリック・ドルフィーを並べて書くのは、和声に対する2人のアプローチの対照的ともいえる違いゆえである。ドルフィーが和声進行(コード・プログレッション)を度外視して演奏した例はほとんどない。唯一の例はオーネット・コールマンとエリック・ドルフィーの両クヮルテットがそろい踏みした『ダブル・クヮルテット』(アトランティック)だが、ここでのドルフィーは和声を無視したのではなく、オーネット流の枠組みに即して演奏する一種の挑戦を試みたのであろう。あえて繰り返すが、ドルフィーが和声進行を無視して演奏した例はほとんどない。むしろコード進行に厳格なくらいに厳しいアプローチで臨み、徹底してコード進行の謎を分解しながら自己表現としてのアドリブ演奏の道を突き詰めながら進んだのがドルフィーだった。一方、コールマンはコード進行とは直接的には関係のない和声、いわゆるハーモニーとの関係をハーモロディクスという理論に即して明らかにした通り、メロディーの集積としての和声だった。コールマンの演奏ではグループは原則的にメロディーを演奏する楽器の集合体であり、そこには和音というハーモニーの機能は介在しない。それは有名な「ロンリー・ウーマン」を引き合いに出しても分かる。のちにMJQが再演したが、そこでのコード進行はジョン・ルイスが原曲から抽出したものだった。それにしても、あと数回はオーネット・コールマンの演奏を聴けるだろうと思っていたのに。去るときは、誰しもあっけないものだ。
 2年後には没後50年を迎えるジョン・コルトレーン、そしてアルバート・アイラーやドン・チェリーも、足早に世を去った。フリー・ジャズの歴史を強烈に刻印した彼らジャイアンツの後を追うようにオーネット・コールマンがついに旅立った。彼は単なる前衛ジャズの革新者ではなかった。ジャズの歴史に即していえば、彼はルイ・アームストロング、チャーリー・パーカー、マイルス・デイヴィスらに並ぶ巨人だったといって言い過ぎではない。まさに輝かしい歴史の光が消えた。合掌。

悠 雅彦

悠 雅彦 Masahiko Yuh
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。
共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
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#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
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#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


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「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
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Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

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