Vol.41 | ドゥドゥ・ニジャエ・ローズ@メールス・ジャズ祭1996
Doudou N’Diaye Rose @Moers Festival 1996

ドゥドゥ・ニジャエ・ローズの訃報が各国のニュースで流れた。その時、1988年のメールス・ジャズ祭でのステージがまざまざと甦ってきた。噂にこそ聞いていたが、ドゥドゥ・ニジャエ・ローズのパフォーマンスを観るのは初めてで、その年のプログラムで一番衝撃を受けたからである。

かつて、ブーカルト・ヘネン音楽監督時代初期のメールス・ジャズ祭は前衛ジャズ祭として知られていた。しかし、ジャズにおいていわゆる「前衛の時代」が終わると、状況論にシフトしていった。ジャズに拘らず世界の音楽状況へとヘネンの視野は広がっていったのである。その転換期が80年代だったと私は思う。だから、アフリカのミュージシャンが多く出演していても不思議はない。1988年のひとつのテーマはアフリカだった。クリス・マクレガーのブラザーフッド・オブ・ブレス、マハラティニ・アンド・マホテラ・クィーンズ、カッサヴなどが出演していたのである。
ワールド・ミュージックという言葉が使われはじめ、アフリカの新たなポピュラー音楽が紹介されるようになったのは80年代半ばだ。ユッスー・ンドゥールなどのLPが続々レコード屋の棚に並ぶようになったのもその頃だったと記憶している。ヨーロッパではWOMAD、ワールド・ミュージックのフェスティヴァルも開催されるようになった。メールス・ジャズ祭もこのような動きと連動していたといえる。
ドゥドゥ・ニジャエ・ローズの名前がジャズ関係者でも知られるようになったのは、1985年ナンシー・ジャズ・パルセイションでマイルス・デイヴィスの前のステージに出演して大喝采を浴びたことによる。そのパーカッション・アンサンブルを観ることが出来るというので、内心一番期待していたプログラムだったのだ。
5月にしてはひどく冷え込んだ日だった。既に57歳だったが、青年のように引き締まった身体を持つドゥドゥはエネルギッシュにステージ狭しと動き、まるでパフォーマンスをしているかのような動作でパーカッション・アンサンブルを指揮し、パワフルで独創的なドラミングで圧倒する。それは今まで観たことのないステージだった。多様なリズム、時にメロディアスなサウンド、ステージ上の演出、ベースにあるのは伝統だが、それが昇華され、ものすごく洗練されていた。アフリカのリズミックな音楽は観客の身体を揺らし、踊らせるのだが、この時ばかりは皆ステージ見入っていた。それから、来日公演に何度も出かけたが、初めて観た時の斬新なイメージは特別で、今も深く記憶に残っている。

 

このようなミュージシャンを世界が放っておくことはない。ドゥドゥは世界中を旅し、ワークショップを行い、ローリング・ストーンズをはじめとする著名なミュージシャンと共演した。再びメールスでドゥドゥのステージを観たのは1996年、デヴィッド・マレイ(sax)の「ニューヨーク〜パリ〜ダカール」というプロジェクトにおいてだった。これは、第25回という節目の年のための特別企画、ジャズ、アフリカの伝統音楽、ラップのミュージシャンが共演するステージで、何ヶ月も前からリハーサルを重ねていたという。メンバーはマレイ、ドゥドゥ、ロバート・アーヴィングV(key)、ジャマラディーン・タクマ(b)、ダリル・クインシー・バージー(ds)、「ポジティブ・ブラック・ソウル」のラッパー2人。よくあるジャズとラップの融合や共演とはまた違うステージで、ここでもドゥドゥのパーカッションの冴えは際立っていた。
メールスは小さい街なので、ミュージシャンの宿泊するホテルも大体決まっていて、私も同じホテルに滞在していた。朝食時だったか、ロビーを歩いていると呼び止められた。ドン・モイエにドゥドゥと一緒の写真を撮ってくれとカメラを渡されたのである。確かアンドリュー・シリルもそこにいたと思う。アメリカでも有数のドラマー・パーカッショニストである2人がいかにドゥドゥを尊敬しているのか、モイエとの会話からも伝わってきた。目の前で見るドゥドゥは本当に小柄で、握手した手は柔らかく、どこにあの圧倒的なパワーが宿っているのだろうと不思議にさえ思ったのだった。

グリオの血をひき、サバールの名手で、「太鼓の神様」と呼ばれ、セネガル初の人間国宝となったドゥドゥ・ニジャエ・ローズ。彼が亡くなった今、地球上のパーカッション・サウンドに大きな穴が空いた気持ちだ。しかし、日本のライヴ・シーンでも活躍する息子ワガン・ンジャエ・ローズを始め、その後を継ぐものはいる。
1930年生まれ、享年85。心から冥福を祈りたい。

横井一江 Kazue Yokoi
北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年〜2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)。趣味は料理。

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