Vol.41
Niseko-Rossy Pi-Pikoe
Classic Tracks 318 – 335


ヴィジョンや速度や複数のタイム感覚や風景や感情や色彩や感触といったもの。

そこには郷土や思念も響いているかもしれない。

90年代以降ですか???

モチアン・メソッド、TPTトリオensemble improvisation、The Sea / Ketil Bjornstad、三善晃合唱+オーケストラ作品、ガスターデルソル「Upgrade & Afterlife」、Three Men Walking Maneri/Morris/Maneri、マイブラ「ラブレス」、ミシェルドネダ齋藤徹「春の旅01」、ユニヴァーサルシンコペーション、「砧」「羽衣」観世寿夫至花の二曲、スヌープドック、ジルオーブリー「カイロ」、紫絃会/春鶯囀一具、ももいろクローバーZ、

・・・「MajiでKoiする5秒前」の間奏は黄金だ。小沢健二だ。今年長女かなみんが結婚するんだなあと思いながら聴いていたら泣き顔になってもうた。恋をしたんか。幼稚園の遠足で夕焼けに照らされて中央線に乗った、「天使たちのシーン」な一日。・・・

年末に録っておいたNHKのクラシック年間ハイライト2013で、まあクラシックにもあれまあと思う打ち上げ花火はあるものだけれど、突出していたのはチョン・ミョンフン指揮で歌う藤村美穂子、小澤征爾サイトウキネンオーケストラでラプソディーインブルーを弾く大西順子だったかと思う。ミョンフンと藤村というのは、韓国でのECMフェスでミョンフン、シフ、ホリガー、アイヒャーが顔を合わせた世界最高峰食材レシピと並ぶ正しさだ。大西順子は村上春樹と小澤さんとのこんなドラマチックな引退反対で弾いたのだね・・・「なぜSKOと大西順子は“ラプソディーインブルー”をやるのか 小沢征爾×村上春樹×大西順子」(http://www.saito-kinen.com/j/news/interview2013.shtml)必読記事!。おれも大西順子はJazz Tokyo年間ベスト2010(http://www.jazztokyo.com/five/five759.html)に挙げたほうだし(成田正さんと)。『バロック』評(http://www.jazztokyo.com/five/five770.html)、ジェームス・カーターが脱力していて抜群に良かった記憶もあるが。

ジャズの現代性でいえばさ、さっき橋爪/市野/橋本トリオのスタンダード演奏(!)を聴いて明白だったんだが、快活に確信犯的にタイムがスベるんやよ、3様のタイム感覚を戯れさせてんだな、涼しい顔してて、それでスタンダード演るんよ、そして響きを交差させるような密やかな微笑み、この気持ち良さ、カッコ良さ、昔こんなの無かったもん、つまり現代性。

ショーターGも大西も役割分担固定で、守備位置を軸に動くわけさ、あんた三塁手とか、つまり野球なんさ。橋爪/市野/橋本トリオはそれを言うとサッカーの美しささ、ざっくりと、言うと。サッカーにもトホホな試合があるように、野球にもいい試合はある。オーバーアクションなだけで観客が入ればそれでいいのさ的なもん、と、定型プレイだけれど彼女の真摯な表情に打たれる際どさにわくわくするの的なもの、の、差。

野球から見たらサッカーは、ナニちょろちょろしてんねん、お前の役割ちゃうやろ、動くな!肩のフォームがなってへん、下手くそ!となるに決まってる。田中将大にレアル・マドリッドはオファーしないのと、おんなじだ。

田中将大はNYヤンキース入団記者会見で、アメリカに持って行くものはももクロのライブDVDだとインタビューに応じた。ほぼ同日に、体重を増加させて今場所から見違えるような活躍をしている大関鶴竜はNHKのアナウンサーに「進化の途中です!」と応じていた。進化の途中というのはももクロ「Birth 0 Birth」のキー概念である。角界のNHKコード(ないか)をくぐってモノノフであることを告げる鶴竜、熱いものを感じる。しおりん、わかるか?


タダマス12で外山明さんに受けたものをうまく書けていない。お風呂の温度、おでんの出汁、プロポーション、感情、ミキシングの意図、・・・。ジャズ評論のジャーゴン、クリシェでは掬えない有り様を柔らかい言葉で。・・・いつかJazz Tokyoで「ジャズは新入社員の表情がわかるようにわかるものだ」と誰かが書いてたのがあったっけ。


作品は誰かが作っているのではない。誰かと誰かが作っているのではない。

そのサウンドが描いているヴィジョンや速度や複数のタイム感覚や風景や感情や色彩や感触といったものを、聴いているのである。いや、そういう角度でより伝わってくるものがあるほうが多いと言うべきか。

そもそも、その音楽を、その奏者として聴いていないことのほうが、受信するわたしは自由になれる場合が多い。

即興は当初から音響を問題にしていた、と、示唆を受けてから、耳のパラダイムシフトは起きていた(大げさですんません)。

マーク・ターナー、クリス・スピード、メアリー・ハルヴァーソン、クレイグ・テイボーン、クローディア・クインテット、・・・現代ジャズばかりの話じゃない。

作者はいないとか主体なぞ無いというポストモダンの話でもない。であるかもしれない。関係性の中にワタシは存在するように、響きあいの中に音楽の大切なものは宿っている。(・・・あれれ?大雑把すぎるわ!)

クラシックのコンサートによく行くけれど、肝心なのは連れ出されるような無名性の響きの発生か。それは上手くキメてやろうという超絶技巧では生じない。演奏技術はプロだものあるわいね。何をしようとしているのか、伝えようとしているのか、を、突き詰めた先に無名性が現れる。


いないいない、ばあ。である。


好きになった曲をしつこく聴くアスキータちゃんの同志であるわたくし、いつのまにか居なくなってしまっていたり、別人のようにまったく違う様相で現れてきたり、する音楽のマジックを知っているわ。

だからガルバレク、それはあなたの音楽じゃないのよ。



<track 318> スノーマジックファンタジー / SEKAI NO OWARI (トイズファクトリー) 2013

You Tube >http://www.youtube.com/watch?v=vkcTN70fnXA

岩崎洵奈ちゃんのピアノ・リサイタルに行った。Jazz Tokyo にレビューした。ラジオを聴いてぼくは自分の耳を信じたように、彼女も自分の音楽を信じているのだった。あれは美しい音楽だった。美しい指先だった。おれは音楽になりたいくらいやった。こんなに美しい「主よ人の望みの歓びよ」を聴いたことがない。できれば「時をかける少女」のテーマを、あの呼吸で弾いてほしい。でも、クラシックの王道に進むひとにそれは言えない。彼女のピアノでいろんな音楽を聴きたい。

45年ぶりの豪風雪が迫る東京のホールで。超満員。

もしかして きみは 雪の妖精?

「スターライトパレード」「RPG」と、デビュー当時の潜んだ狂気からずいぶんポップでマーチで、明るくなった世界の終わり、メジャータイアップ連打リリースではた織り機の前で残酷に消費されつつあるように心配するけど、この新曲「スノーマジックファンタジー」、まだまだ余力あり。世界の終わりは変身し続けているとも言える。


<track 317> stilllife 『INDIGO』 2013

total playing time : 21.30 minutes
art work : Keiko Tomita

前回、タガララジオ40でうっとりとした スティルライフ。

虫の鳴き声や羽音、空気で探るサラウンドといったものが、重層になっているから、耳のフォーカス能力は奪われてしまう。その重層による前後不覚の吹雪に潜むようにして、見えない殺気のように金属音などが鳴っている。それに気付くのは、不意に。だ。

騒がしい静寂の中に立ち尽くし、髪の毛が逆立つ。鳥肌がたつ。このマジカルなジャンプが、この音源との遭遇に存在する。

音源としては2014年1月現在まだこの「indigo」しかリリースしていません。これは2013年9月に馬喰町ART+EATの常設展に合わせて展示したサウンドインスタレーションのダイジェストであり、現在制作中のCDアルバムに向けた先行シングル的な位置付けのものです。アルバムの前にもうひとつ短めのCD-R作品を制作する予定です。(stilllife)

2月1日「冬の里山でみみをすます午後と夕べ ワークショップ+コンサート」

Stilllifeとは津田貴司と笹島裕樹の2人組のユニットであり、このイベントがあると知り、即座に申し込んだ。

jazz & now の寺内久さんに13年ぶりにお会いする。エヴァン・パーカー・エレクトロアクースティック・アンサンブルを寺内さんが招聘した新宿ピットイン以来だ。そういえばエヴァン・パーカーにインタビューさせてもらったのだった。

谷川俊太郎『みみをすます』は初版で読んだ、1982年。

鳴っている音の地にみみをすます、という。

散策したのは県立自然公園益子の森。手を叩いた反響音の違い、空間を捉えること、山道を来るひとの話し声の聴こえかた。耳の感度が開放されてゆくのを感じる。世界はこんなに騒がしい。世界は音楽に満ちている。

松籟(しょうらい) - 松の梢(こずえ)に吹く風。また、その音。松韻。松濤(しょうとう)。

それが聴こえるというナビゲートの津田さんの耳は、今日耳をすまし始めたわたしよりもはるかに遠くで微細な空気の動きを感じていることがわかる。

コンサートでは、演奏が終って、1分以上じっと音が消えてゆく残響の彼方に耳をすましているのだった。

選び抜かれた響きの美しさを重ね、その響きの行方を見つづけている。

弱音系即興というのではない。

コンサートのあとのランチパックがこれまた美味しかった。カルチャーショック的な美味しさ。

帰りの常磐道、友部SAはきれいで、人生何度目かのスターバックスも美味しい。

今夜益子はマイナス7度まで下がります。真っ暗な県道を飛ばす。帰りの高速で聴くジムブラックの黄昏感。

首都高に入ってスカイツリーが見えたらほっとした。


福島恵一さんのレポート
耳の枠はずし「益子音紀行 その1 - 津田貴司ワークショップ『みみをすます in 益子の森』」
http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-276.html

 




<track 319> 3/21(金)19:30〜21:10 NHK-FM 「エリソ・ヴィルサラーゼ ピアノ・リサイタル」

2月3日(月)、すみだトリフォニーへ。こないだ錦糸町を見下ろしたスカイツリーを見上げる。

モーツァルト/ドゥゼードの「ジュリ」の「リゾンは眠った」による9つの変奏曲 ハ長調 K.264(315d)ブラームス/ピアノ・ソナタ第1番 ハ長調 作品1
ハイドン/アンダンテと変奏曲 ヘ短調 Hob.XVII:6
シューマン/交響的練習曲 作品13

戦後クラシックの黄金期を彩った大御所たちの一端に触れた。スタインウェイを鳴らすとはこういう演奏だということがわかりました!ニューヨークのラダメス師。ほら、ゲルバーは体重でガツンガツンこう弾けと教育的指導をするようなベートーヴェンだったことを憶えている。

これが伝統の基準で最高値なのだ。モーツァルトらしいモーツァルトはいらない。しっかりと重力を鍵盤に伝えて輪郭をくっきりと歌う。スイングさえしているように自在だ。シューマン弾きというのもうなずける、これ以上が望めないような質感をたたえていた。

こういう例えは適切ではないがキース・ジャレットの最初のソロの1曲目「イン・フロント」を高度にした感じだ。

シフやピリスの現代最高峰のピアノのラインは、無重力とタッチの軽やかさと響きの透明さだから、まったく別のジャンルのように思える。ピアノが違うのかと思うくらいだ。

「音楽の抑揚が大きく、呼吸も深いのですが、一音一音の輪郭が非常に鮮明で、特にトリルの響きの美しさときたら、正に純白の真珠を思わせるような透明感と光沢、そして気品に満ちあふれたものでした。」(中村匠一さん)

アンコールはシューマン/『森の情景』より「予言の鳥」、「献呈」(リスト編)、ショパン/『2つのワルツ』より変イ長調「告別」、「華麗なる大円舞曲」の4曲。

歓びとスタンディング・オヴェイションに沸いたすみだトリフォニーホール。ヴィルサラーゼさんにも聴衆の想いは伝わり、湧き出るようなアンコール。

「エリソ・ヴィルサラーゼ ピアノ・リサイタル」は、3/21(金)19:30〜21:10 NHK-FM「ベストオブクラシック」で放送される。

ニューヨークで鳴るスタインウェイはKAWAIが作っている?の?”ドイツ・ハンブルグ”スタインウェイ、”ニューヨーク”スタインウェイ、二種類ある。ニューヨークはジャズに向いている?それは宣伝文に過ぎないって。

ピリスのピアノはヤマハだから、がつんと内容は響かない、透明な響きをあや取りしている官能なだけだろう。


<track 320> In Front / Keith Jarrett from 『Facing You』 (ECM 1017) 1971

小説家でも誰でも処女作にその才能のすべての萌芽があるという見方で言えば、これがジャレットのピアノ・ソロ原石。1曲目に配置された「イン・フロント」の奔流するかの新しい時代のスイング感、二層のスイングを輻輳させて綱渡りしているようにも聴こえる。

あとから検証すれば、この頃のジャレットがマイルス・バンドで何をやっていたか、若いエネルギー先行でぐねぐね頭を振ってトランス状態になってファンクをしていた、のであった。「している」ということは重要で、帝王マイルスが見下ろしているグルーヴにわたしは居た場合にわたしはわたしの弾いていることが理解できない、のでもあった。

ただ、身体だけがファンクのマグマだけを火照らせている。自分にはマイルス・バンドの次が必要なのだ。

ヨーロッパの発足したての自主レーベルに過ぎなかったECMレーベルの若きプロデューサー、マンフレート・アイヒャーからオファーがあったときに、すでにこのレーベルがノルウェーのヤン・ガルバレク・カルテットを捕獲していることを知り、知ったと同時に、おのれはソロで何ができるかの可能性は充分に自覚できていた。

奔流の正体がファンクであったと指摘できたのは中山康樹だけだ。

この「イン・フロント」と、2曲目沈黙と美の結晶とも言うべき「リトゥーリア」、どちらを挙げるかECMファンたちは熱く語っていた。わたしはずっと「リトゥーリア」派であったけれど、クラシックのピアノに触れる機会が多くなるにつれて、ジャズの特権性に瑞々しい「イン・フロント」を聴くようになった。

久々にアナログ盤でジャケを見たら、作品が巨大に見えてまいった。


<track 321> Solara March / Keith Jarrett from 『Arbour Zena』 (ECM 1070) 197

ジャレットついでに。ECM復刻シリーズ7作品に触れなければならない。韓国でのECM展で配布されたコンピ盤『RE:SEOUL』ECM 2365(http://www.jazztokyo.com/gallery/gallery23.html)はこの復刻のパイロットリリースだったのだな。

Gary Burton Seven Songs For Quartet And Chamber Orchestra (ECM 1040)
Keith Jarrett Arbour Zena (ECM 1070)
Keith Jarrett : Ritual / Dennis Russel Davies (ECM 1112)
Sam Rivers Contrasts
Miroslav Vitous Group Miroslav Vitous Group (ECM 1185)
John Abercrombie / Ralph Towner Five Years Later (ECM 1207)
Abdullah Ibrahim African Piano (ECM )

特にECMファンにCD化要望の高かった名作『ファイヴ・イヤーズ・レイター』『ミロスラフ・ヴィトウス・グループ(邦題スリーピング・ビューティ)』が再発されたのはうれしい。現在の耳に一番ヴィヴィッドに響くのがゲイリー・バートン盤というのも感慨深い。

『Arbour Zena(邦題ブルーモーメント)』は「アーバーツェーナ」と勝手に読み続けているが、正しいのかその意味も知らない。たはは。ジャズ・ミュージシャンはクラシックにコンプレックスを抱いているのか、すぐに弦楽やオケと共演したがる、パーカーのウィズストリングスはじめ。マイルスがベリリンのフィルハーモニックホールで演奏した64年の得意気をきいたこともあるけれど。

ECMは当初からオケとジャズの融合はデフォルトでね、サードストリーム以降だし。朗々と吹き上げるガルバレク、黙々と重心を置き続けるヘイデン。演奏者もレーベルも聴く者も、そして音楽も、みな若い。希望に満ちている。その後の苦悩も栄光も何も知らないで。

Keith Jarrett piano
Jan Garbarek soprano and tenor saxophones
Charlie Haden bass
Members of Stuttgart Radio Symphony Orchestra
Mladen Gutesha conductor

ECMファンクラブでは、この指揮者ムラデン・グテシャというのはアイヒャーのアナグラムではないか、と、盛り上がった。

当時のわたしのオーディオセットでは、コルトレーン『インフニティ』(タガララジオ5と21)と並べてずっと置かれてあった。

これをクラシック・ファンから見ると、協奏曲の真似事ということになる。若い時分に、「アーバーツェーナのソララマーチ、さいこー」と話したら、年配のクラシックおじさんから、あんなのクラシックコンプレックスでイカサマだと言われてヘコんでいた。悔しくてクラシック・ファンになって30年越しに検証してみるが、おじさん、それは間違いである。






<track 322> Circle Wind / Hiroki Sasajima (FELT 8) 2013

http://www.feltcollective.com/editions/hiroki-sasajima/

ギリシャのレーベル「FELT COLLECTIVE」からリリースされた笹島裕樹のソロ作品。スティルライフのライブ会場で寺内久さん福島恵一さんとジャケ買いした物件。かつて即興ファンだった頃に背中を追いかけていた二人と、たき火にあたりながら耳をすましているなんてドキドキものである。

このレーベルはサウンドアート・電子音響・ノイズなどを中心にリリースを続けており、フォーマットにはこだわらずに最近ではアートブックなども発表しているようだ。

フィールドレコーディングをした素材を、職人の手つきと若い感性で次々と聴く者に襲撃をかけているような強度がある。ソリッドでシャープな響きは一級品だ。世界中のレーベルから多数の作品をリリースしている、だけある。エヴァン・パーカーやジェイミー・ミューアに聴かせてやりたい。

サウンドはスティルライフとの対比で言えば、明確で即物的である。わたしが強く感じるのは、コンビネーションを仕上げるソリッドな感性と、音色の快楽を追及する獰猛なちからだ。

なるほど、スティルライフの二人は、フィールドレコーディングのアンテナから出現したレノン=マッカートニーであるのだ。騒がしい静寂の中に立ち尽くし髪の毛が逆立つ、マジカルな跳躍を構成している一方の雄が笹島裕樹であることがわかる。


<track 323> ドビュッシー : 前奏曲集 第1集 / 江戸京子 (日本伝統文化振興財団) 2006

コチシェ?、ミケランジェリ?、いやちがう、ドビュッシーについてはこれがそうだと、江戸京子の第2集を待っているうちに、あれれ7年経っていたのか。

そうだなあ、おれは華麗な名人芸を聴くモダンジャズ的なクラシックではなく、呼吸とタッチの、・・・ルバートの色彩と響きに秀でる現代ジャズ的なクラシック、そっちがホンモノだという気がしていることに、岩崎洵奈のピアノにアルフレッド・コルトーを直感してみて、気付きつつあるのだなあと思いつつ。ピアノの記憶をさらに辿ると江戸京子のこの盤が浮上してきた。

今回ライブ・レビューにしたアーロン・パークスだって、従来のジャズ・ピアノの枠組みなぞを気にせずに呼吸と揺らぎによるオスティナートに、夢幻に漂うわけだけれど、視えている彼方は同じかたちをしているのではないかと思う。

この盤について、Jazz Tokyo丘山万里子のレビューで耳が拓かれていた。
http://www.jazztokyo.com/newdisc/526/edo.html

「彼女がパリ国立音楽院で学んでいた頃、当地のサロンでは、きっとこういう演奏が聴けたのだろうな、と思った。」

チェロの小澤洋介の演奏会や、金子陽子ピアノ率いるガブリエル・カルテットの演奏に立ち現れる、もの。

音楽が学校で教わるようになったり、オリンピック競技のようになる、以前の、体液のような、もの。


<track 324> solo / 高橋悠治 エイベックスクラシックス 2007

体液のようなもの、とは、誰かが誰かであることの核心でもあるだろう。

高橋悠治のソロ作の、CDブックレットのテキストを想起する。

「だれでも弾く曲をだれもがやらないやり方で、でも、故意にではなく、弾くか、あるいはだれも弾かない曲を弾く、そういう発見と学習への興味以外に、いまさらピアノのCDを作る理由も、さらに言えばピアノを弾く理由もない。上手なピアニストはいくらでもいる。超絶技巧を誇ったり、速度を競うのはつまらないことだが、それが近代資本主義市場というものだろう」(高橋悠治)

この作品はどこを取っても、高橋悠治の書法である。聴く者も、驚きと発見と学習に耳が砥がれる。聴く者のピアノを聴くパラダイムを、いとも簡単にぐらつかせる。

そのつもりのない、お嬢さんをヤマハ音楽教室に通わせているミッフィー好きの若いお母さんが、ジャケのイラストのかわいさにレジへ運んで耳にしたとしても、パラダイムのぐらつかせはインストールされる。

それでいいのだ。

「18世紀の鍵盤楽曲は練習曲だった。演奏技巧というよりは、音楽をまなぶ、そして自分で音楽を即興、あるいは作曲するためのモデルであり、技術と楽しみを身につけるための私的な音楽だった。」(高橋悠治)

音楽が戦争に利用されたり、戦争を模したり。じつは今は、国家という枠組みが溶けた中での経済戦争真っ只中で、通貨という我々の体液が毀損されている、つまりは誰もが血みどろになっているのに気付かないでいる。






<track 325> 「きこえるかしら」「さめない夢」 from 『アニメソング史(ヒストリー) III 』 日本コロンビア 2010

群像2月号で片山杜秀が活写した三善晃が作編曲したテレビアニメ『赤毛のアン』のオープニング「きこえるかしら」エンディング「さめない夢」いずれも岸田衿子作詞大和田りつこ歌唱、You Tubeでは聴けるけれど(ここからどうぞ>http://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=7590&pg=20140122)、ちゃんとした音源、CDで聴けないものかと、三善晃唯一のオペラ『遠い帆』をこれまた活写している群像3月号を読みに、練馬で今季2度目の大雪の朝に平和台図書館でへらへらと返却されたCD棚をひとつ拾い上げたらそこに収録されていた。やったー。

宗左近作詞・三善晃作曲の旧中新田町歌というのも、聴いてみたいよなあ。

片山さんの三善晃論を読むと日本が生んだトンデモ作曲家のように思えてくるのは、さすが時代と様式と技法をクールに見つめる批評性を感じる、つまりは神格化しないように。LPレコードで『レクイエム』を手にして、投入されている動かし難い動機の固有性におののいて同化するように没入した聴衆の同時代的熱量については文学の領域だろうか。

三善晃の門下生でもあった作曲家新垣隆がゴーストライターやって、こともあろうにというコンセプトを付与されてしまったのはお気の毒としか言いようがない。

日記「新垣先生に寛大な対処をお願いします」>http://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=7590&pg=20140204

1月30日にサントリーホールで三善晃の「お別れの会」があった。里山イベントで休みを移動させたので見送っていたが、皇后さまが臨席されたり、岡田博美がこのために帰国してピアノ演奏を披露したり、なかなか得難い会だったようだ。皇后さまが子守唄として口ずさんだ旋律をもとに「おもひ子」を作曲、それを三善晃が編曲したことがあり、長年の交流があったという。おいらも行きたかったなあ。

三善晃のオペラ『遠い帆』と合唱について、音楽サイト musicircus (http://homepage3.nifty.com/musicircus/)では丘山万里子のテキストを掲載している。

「三善晃作品の夕べ〜仙台フィルとともに」(2013.1.31)プログラムノート(http://homepage3.nifty.com/musicircus/okayama/005.htm

「三善晃の合唱宇宙〜仙台の合唱団による」(2013.3.3)プログラムノート(http://homepage3.nifty.com/musicircus/okayama/006.htm

オペラ『遠い帆』は今年8月23日24日に東京公演>専用サイト(http://www.toiho.info/)。新国立劇場。


<track 326> Re: / 9nine 2013

You Tube >http://www.youtube.com/watch?v=3x3u21fltF4

土下座の怪演、出向を申し向ける真似にハマった『100倍返し』、いやタイトル違った、『半沢直樹』でしょ。前髪ラインを真横に、そして耳元で指を跳ねるガッキーの真似や、極端な本音もしくは反語をキラキラして言ってはスキップして歩き、悩むのは時間の無駄と元気になった『リーガル・ハイ』でしょ。

堺雅人のどっちが好きと訊かれれば、つい後者と言いたい。

しかしなあ、『リーガル・ハイ』のテーマ曲で、サビだけが耳に。タイトルも歌っているグループのことも何もわからないでいた。

次の堺雅人は単発で4月27日『ドラマWスペシャル パンドラ〜永遠の命』だとか。次はどんな髪型でキャラで、と、楽しみ・・・うええ。WOWWOWなのかよー。商売上手いなー。

「もいっかい!いいかな?」


<track 327> We Are Golden / MIKA 2009

You Tube > http://www.youtube.com/watch?v=hEhutIEUq8k

チア・ガール・サウンドは、きっと好き。トミー・フェブラリーはファーストだけが傑作。

インターFMでかかって入手。こういう一発芸なトラックをかけて首都高とばしてじゃじゃ馬億万長者な気分になるなんて、さいてーでんな、子どもたちには見せられない姿だ。


<track 328> Riding My Bicycle / Team Me 2011

ポップの水準が一気に上がる。

You Tube > http://www.youtube.com/watch?v=G-HygjCtz3g

ノルウェーの6人組インディポップバンド。“美しい音のレイヤーが折り重ねられたドリーム・ポップ”、ポップも進化しているなあ。層に重なったいろいろなアレンジやハーモニーやリズム。






<track 329> Antiheroes / Jim Black Alasnoaxis (Winter & Winter) 2013

1月26日のタダマス12で発表された現代ジャズ2013年ベストテンを振り返るのだった。

ミュージシャンオブジイヤー2013の5にんは、メアリー・ハルヴァーソン、クリス・デイヴィス、RJミラー、マット・ミッチェル、チェス・スミス。

わたしが掲げた現代ジャズ世界ランキング(http://homepage3.nifty.com/musicircus/rova_n/rova_r33.htm)2位のサックス奏者クリス・スピードの快音が聴かれなかったのは寂しいと考えていたが、ジム・ブラックの2013年作で相変わらずのナナメのトーンで大活躍しているのであった。益子からの帰り、常磐道を益子さんと聴きながら、えも言われぬ黄昏感に高揚するのだった。

Hilmar Jensson ヒルマー・イェンソン(1966〜)のギターが響かせるアイスランド感覚、端的にシガー・ロスの轟音感覚にハッとさせられる。

ジム・ブラックのバンドが奏でるサウンドは当初からジャズというよりもポスト・ロックの耳が濃厚なものだった。響きの重ね合わせにアンテナの比重が高まるにつれて、浮上するサウンド。


<track 330> 5分後のアンチテーゼ / それでも世界が続くなら from 『明日は君に会いに行くから』 2014

クチコミで知る、ゲスの極み乙女、とか、トリコ Tricot 、とかもいいと思う。

雪溶け雨上がりの練馬のアパートの軒下を、下校時の赤いランドセルの小学生がフォーチューンクッキー、へいへいへー、歌いながら、AKB48の曲?たしかあのこはAKBなんて大嫌い、きゃりーぱみゅぱみゅが好きだと話していたのに。

NHKラジオ第一、wktk(ワクテカ)ラヂオ学園、ワクテカってどういう意味なのよ、で、かかった。

内田樹が読書について、テキストとの出会いについて、その記憶について書いていた。そうですよ、音楽だってだれかのオススメでなんかぜったい好きになんてならないのだわ。まるで、ワタシが演奏している(歌っている)というふうに不意に出会う楽曲もある。

「世界の終わり」というバンドが出れば、「それでも世界が続くなら」というバンドも出る。

「晴れたら空に豆まいて(代官山)」「山羊に、聞く?(代官山)」「月見ル君想フ(青山)」というライブハウスもある。

「佐村河内と清澄白河は似てる。三河安城もかなり近い。が、武蔵小杉はやや離れる。青物横丁はもはや似ていない。」(室橋敦)

いいオトナがこういう歌詞と歌いかたにぐっときている。


<track 331> グッドバイ / サカナクション 2014

作詞・作曲 山口一郎

You Tube > http://www.youtube.com/watch?v=kt5-Al0CMuk

「グッバイ、世界から知ることもできない、不確かな未来へと舵をきる。」

いいオトナがこういう歌詞と歌いかたにぐっときている。

ずっと以前に次男からサカナクションを聴かされていたんだ、アジカン以降のバンドだなと楽曲のフレイバだけで断じてしまっていた、深夜の天井から流れる有線放送から「辿っていた、ストイックな線を」と歌詞だけ聴き取って、この声はくるりでもないしなあ、こころに刻まれてずっと捜していた。




<track 332> Sunshade / The Battered Ornaments from 『Mantle-Piece』 1969

1969年のロック、スカスカの演奏、LP全体としては、しかし、この1曲目「サンシェイド」は、スカスカが深い溜めと化し、かなりいい。後半ギターがマイルスバンドで弾くジョンマクラフリン状態となり、するとヴォーカルが「ジミ・ヘンドリックス!」と感極まっている。

時代だな。

このクリス・スペディングのバタード・オーナメンツの初期にはジェイミー・ミューアが在籍していたという。

ワタシ、中高はクイーンとイエスとツェッペリンとジューダスプリーストとレインボーだったから、クリムゾンは宮殿は買ったけれど他のはLP5枚借りていただけだわ。

ジェイミー・ミューアの名はECMファンクラブになって、ECM1005番『ミュージックインプロヴィゼーションカンパニー』のアナログを高価で譲ってほしいとあちらこちらから電話がかかってくることで、知った。ミューアはこのデレク・ベイリー初期盤に参加しており、クリムゾンの『太陽と戦慄 Lark's Tongues In Aspic』にも唯一参加している。

『太陽と戦慄』が40周年記念CD15枚組(!)ボックスになっているのか。ステージを失踪して修行僧になったジェイミー・ミューアは真の天才であったこと、ロバート・フリップがインプロ演奏に入れずにたじたじになっている、フリップは己が天才でないことを悟った、らしい、それは聴きたい。

時代だな。デレク・ベイリーがこういうブリティッシュ・ロックのシーンから出てくる必然も窺える。ベイリーがジョセフ・ホルブルックでしょぼしょぼのモダン・ジャズを演奏していたことにジャズの優越を感じていてはいけないのだ。

『デレク・ベイリー〜インプロヴィゼーションの物語』(ベン・ワトソン著・木幡和枝訳)工作舎584ページが、刊行された。


<track 333> 君は心の妻だから / 東京ロマンチカ 1969

デレク・ベイリーの名を出すと、鶴岡雅義の名を出すのはどうしてなのだ自分、と、いつも思う。

好きなギタリストはみんな同一人物なのではないか。

鶴岡雅義80がラジオ深夜便に出演した。引き揚げの船の中で聴いた流しのギターの音色が青色だったことに惹かれてギターを手にした鶴岡雅義。アントニオ古賀にギターを習い、トリオ・ロス・パンチョスのアルフレード・ヒルを聴き、出会ったレキント・ギターは赤色だったことが強烈で、700曲は作ったのだった。

小樽のひとよは、ホントはバンドのメンバーが釧路のひとと恋をして、小樽に行ったことがなかったけれど作った曲だったとか。たはは。

君は心の妻だから。平成になって思うに、ひどいと思う。




<track 334> サラウンド / ユニコーン from 『シャンブル CHAMBRE』 2009

You Tube > http://www.youtube.com/watch?v=blU8RWZqrz4

「つーわけで、今日は何書いたっけ。まとめてみよう、椅子に座って。」

堺雅人が主演する邦画『南極料理人』(2009)の録画を何十回観たことだろう。

ほとんど仏教説話の世界だ。


<track 335> 云何唄・散華(曼荼羅供) / 大阪真言声明研究会 (7:27)

法蔵館の仏教音楽辞典に付属しているCD、全27トラック、75分位。

これは宝である。

カンペキに improvisation の耳で聴いている。あー、あー、あー、と、言葉にならないような念仏を唱えるサウンドの抑揚、タイミング、金属製の仏具がカチャ、カチャ、と絶妙のタイミングでインしてくる。

この境地は、橋爪亮督グループ「十五夜」未発表ヴァージョン(タガララジオ17 track100)14分38秒と同一である。

洋楽聴いたり歌謡曲聴いたりして育ってしまった坊さんは感覚の変性を被るものなのだ。植民地的変容。つまりお経もどんどん失われていっているのだ。残存している仏教音楽を録音する仕事が必要である。おれはそういう録音を残す仕事をしなければならない。

安心しなされ、日本人が演ると、ジャズでも仏教音楽になっているのである。

音楽を聴くのは、奇跡が起こるから、なのかもしれない。つらくて長くて退屈な人生でも、奇跡が起こるかもしれない、と、希望を失わないように、と。

編集CDR 『 渚 』 20090816 
01 Variation On W.Shorter / Miroslav Vitous 2009
02 A Road To South Dakota / All Night All Right Off White Boogie Band 1989
03 云何唄・散華(曼荼羅供) / 大阪真言声明研究会 (7:27)
04 City City City / Derek Bailey, George Lewis, John Zorn from “Yankees” 1982
05 Harvest / Neil Young 1972
06 小さな恋のメロディ / Blankey Jet City 1998
07 僕は泣いちっち / あがた森魚
08 東京の屋根の下 / 灰田勝彦 1949
09 Wake Up Dead Man / Maria Joan 2002
10 渚  
11 旅人 / スピッツ  1996

選曲としては露払いにどの曲を持ってくるか。ヴィトウス、プーさん。あとの曲を何にするか。これはもう歴史的なヤンキースtrack1しかない!すべてのトラックがつながって風景を作るのだな。



Niseko-Rossy Pi-Pikoe:1961年、北海道の炭鉱の町に生まれる。東京学芸大学数学科卒。元ECMファンクラブ会長。音楽誌『Out There』の編集に携わる。音楽サイトmusicircusを堀内宏公と主宰。音楽日記Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review。

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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


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