MONTHRY EDITORIAL02

Vol.71 ドゥダメルと子どもたち text by Mariko OKAYAMA

 サントリーホールを囲む桜坂の桜は、ちょうど満開。その広場に続々と親子連れが集まって来る。日米エル・システマ共同企画《ドゥダメルと子どもたち》の特別リハーサル&コンサート(3/29)、さて、どんなステージが見られるんだろう?そんなワクワク感がホールいっぱいに満ちている。私の隣も小学校高学年くらいの少女と両親がそわそわ。家族が出演するんだろうか。
 指揮者グスターボ・ドゥダメルはベネズエラの音楽教育プログラム、エル・システマ(その詳細は本コラムhttp://www.jazztokyo.com/column/editrial02/v64_index.htmlで紹介)が生んだ若きスターである。ラトルやアバドの称賛を受け、バーンスタインの再来と言われ、その人気は世界各地で沸騰中。2008年、ベネズエラのシモン・ボリバル・ユース・オーケストラを率いて初来日した時も、興奮の渦を巻き起こした。現在、ロサンゼルス・フィルハーモニックとベネズエラ・シモン・ボリバル交響楽団の音楽監督を務め、この3月に手兵ロス・フィルを連れて来日。その公演レビュー(ドゥダメルは子どもたちとのコンサートを終えた2時間後にはロス・フィルを振るのだ)は本誌、今号で藤原聡氏が書いている。
 そのドゥダメルが子どもたちと音楽をやる。子どもたち、とは、福島県相馬の子どもオーケストラ&コーラスと、ロサンゼルス・ユース・オーケストラ(YOLA)の混成メンバー。相馬は2012年設立のエル・システマジャパンが最初に取り組んだプロジェクトで、東日本大震災の被害、放射能の不安に脅かされる子どもたちの心の糧、未来への希望をつなごうと、様々な活動を展開している。2013年、週末音楽教室から始まったオーケストラ、市内の小学校合唱部から広げたコーラスは、家庭の事情に関わりなく、希望する未就学児童から高校生を含むすべての子どもたち(現在は5〜17歳が在籍)が参加でき、練習を重ね、同年、135名からなる子どもオーケストラ&コーラスのデビュー・コンサートを相馬市で開いている。今回のステージには7〜17歳のオーケストラ58名、コーラス52名が参加した。
 一方のYOLAはロス・フィルが2007年に創設、6~18歳、700人以上の子どもたちが学び、ロス・フィルの公演には常に同行、音楽で社会を変革する特命大使として世界中を巡っており、今回は15名(13~17歳)が来日した。フィリピン、ベトナム、ナイジェリア、メキシコなど多様なバック・グラウンドを持ったメンバーで、中にはロスの外に出たことがない子もいるという。彼らはこのステージのため相馬まで出向き、2日間の合同練習ののち、ミニ・コンサートもしている。その受け入れには放射能の懸念を含めた率直な話し合いが持たれたという。

 というわけで、ステージに並んだ子どもたち。コーラスはステージ背後の客席に。オーケストラは相馬の子どもたちが白のTシャツ、YOLAは赤、黄、青、紫などカラフルなTシャツ姿で。コンサート・マスターにはYOLAのメンバーが座る。みんなかなり緊張の様子。最初はコーラスの『さくらさくら』。これはエル・システマジャパンの音楽監督、古橋富士雄氏が振る。澄んだ歌声が、その日の青空とピンクの桜そのままのように優しくひろがる。清冽!癒される・・・。もちろん、客席は大拍手。
 それから。相馬の子どもたちとお揃いのTシャツのドゥダメルが笑顔で弾みながら登場。が、「ハロー!」の親しげな呼びかけにも、子どもたちの緊張はほどける様子なく、ますます高まる感じ。指揮棒が振られるとドヴォルザーク『交響曲第8番』第4楽章の音が鳴り出す。さっそくストップがかかり、管セクションを指さし、「Sing!」そうそう、音楽は歌わなくちゃ。どんな楽器だって、歌が基本、と思わずうなずく。これは大人のプロだって出来ていないことが多いのだ。子どもたち、なかなかうまくいかない。「じゃあ、楽器は置いて、みんな声出して歌って!」と自ら1フレーズ、歌ってみせ、「僕、歌うの好きなんだ。」客席、沸く。子どもたち、少し笑う。


 

さて、全員を眺め渡し、トライするが、声、でない。「ん?聴こえないよ?」やっと少し大きな声の出た子に、すかさず「いいね、ブラボー!」と反応。「春がきたね?」「ここ、とっても美しいと思わないかい?思ったらうなずいて!」そんな呼びかけに、子どもたち、小さく、うんうん。「あれ?」、大きく、うんうん。客席、ドッと笑う。曲が進むにつれ、少しずつ少しずつ、みんなの笑顔が増える。椅子に根が生えたように固まっていた身体がちょっとずつほぐれて、動き出す。「生きてないね、みんな息してる?」「しっかり息を吸ってから、音を出すんだ。」これもなかなか難しい。みんな、どうしても楽器を扱うことに気がいって、息を詰めて弾いてしまうのだ。「それ、喉が風邪ひいちゃったみたいな音だね。ザラザラ。」としゃがれ声を出す。みんな、笑う。「やってみよう、優しい音で、カンタービレ!」管とチェロの掛け合い部分では、「お互いの音をよく聴いて!ここは管がYes! チェロNo! って叫び合っているんだ」と、「Yes! No! Yes! No!」と叫びながら夢中で両者を交互に振りまくる。ドゥダメルのその様子が可笑しくて、客席も他のセクションのメンバーも笑う。隣席の親子も大受け。
 息をすること、歌うこと、互いに聴くこと。音程だの、バラツキだのの仔細に拘らず、音楽の本質のポイントだけを押さえた指導。さすがだ。まとめに入り、通しての演奏。コーダに向け、全員が熱して、ぐんぐん温度があがるのが手にとるようにわかる。こうして、ドゥダメルのリハとコンサートは楽しく盛り上がり、終わった。
 万雷の拍手と、ブラボーに応え、特別アンコールのアナウンス。相馬の子どもたちが強い想いを寄せているというモーツァルトの『アヴェ・ヴェルム・コルプス』だ。コーラスも加わっての演奏には本当に胸を打たれた。世界が平和で、苦しみのないものとなりますように。敬虔な祈りと光がホールに満ちる。なんてピュアで、なんて美しかったろう!
 演奏を終えて控え室に引き上げる相馬の子どもたちに感想を聞いてみた。上気した顔で「指揮者のひとがとても面白くて、笑顔で弾けました。」「歌いながら指揮をするからびっくりした。ユーモアがあって、みんなを引っ張ってくれました。」「面白かった。楽しかった。ああいう練習がいつもできるといいです。」

 オーケストラは、まだ楽器を弾き始めて1年という子もいたくらい、自分のパートをマスターすれば、みんなで音楽できる喜びを味わえる。「互いに聴く」という基本は人を育て、生み出されるハーモニーは人をつなぐ。いわば、人間というものへの信頼を、そこではぐくんでゆくのだ。それはもちろん、未来への希望のともしびとなる。ステージの子どもたちも、客席も、楽しさと感動のなかに、何よりそのことを、受け取ったのではないか。ドゥダメルはその中心で、確かに、世界と未来との架け橋となっていたと思う。

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   写真1,5:(C)FESJ/2015/Mariko Tagashira
   写真2,3,4,6:(C)FESJ/2015/Koichiro Kitashita

丘山万里子

丘山万里子 Mariko Okayama
東京生まれ。桐朋学園大学音楽学部作曲理論科音楽美学専攻。音楽評論家として「毎日新聞」「音楽の友」などに執筆。2010年まで日本大学文理学部非常勤講師。著書に『鬩ぎ合うもの越えゆくもの』『からたちの道 山田耕筰論』(深夜叢書)『失楽園の音色』(二玄社)、『吉田秀和 音追い人』(アルヒーフ)、『波のあわいに』(三善晃+丘山万里子/春秋社)他。東京音楽ペンクラブ会員。本誌副編集長。

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