MONTHRY EDITORIAL02

Vol.72 表現者の欲望〜新垣隆氏のこと text by Mariko OKAYAMA

 先日、TVのバラエティ番組で新垣隆を見た。しくじり先生が生徒たちを相手に自分のしくじりをネタに授業をすすめる、という趣向で、新垣はしくじり先生として教壇に立った。ゴーストライター事件から1年余、彼が雑誌のモデルになったり、TVのバラエティで活躍しているのは知っていたが、まともに見るのはあの記者会見以来だ。お笑い芸人や浅田舞などを前に、即興でピアノを弾き、生真面目なリアクションで笑いをとり、とTVには使い勝手のよいキャラクターにちがいない。クワガタを顔に這わせられても表情を変えない。浅田舞への壁ドンでは「ドキドキしました。」ついでに彼女のダンスに合わせた即興曲を二人で披露。ロマンティックで綺麗な曲だ。新垣のような才人に、その場に合わせた即興演奏などお茶の子さいさいだが、素人は「すごい!」と驚嘆してみせる。ただのいじられ、でなく、自分の本業である音楽をチラみせして、卑屈な道化の気配を消す。それでも、クワガタには私は嫌な気分になった。

  彼は18年間、ゴーストライターをやった。26歳の時からだ。当初は、どんな形であれ、自分の曲が世に出て、受け入れられるのは嬉しかったという。が、佐村河内守が全聾の作曲家として有名になるにつれ、罪悪感が増した。頼まれたら断れない自分の性格が招いたことだ、と彼は言い、TVでの生徒たちに、自らの反省をこめて、そうならないための何か条かを列挙して見せた。引き受けるか、断るかの判断を、どこでするのか、という生徒からの質問に彼はこう答えた。「自分が心の底から喜んでやれるかどうか、です。」ちなみに、彼は、バラエティなどのオファーを全く断らないそうで、その理由を「みなさんがほんとうに楽しんでくださるからです。」
 つまり、彼は自分が心から嬉しく、他人が喜ぶことが、なにより大事だ、という結論にいたったらしい。私はこの答えに、彼の表現者としての本能を感じた。自分の音楽にしろパフォーマンスにしろ、それを誰かが喜んでくれたら、これほど嬉しいことはないのだ。これは表現者の原点である。もちろん、喜ぶ、というのは、楽しいばかりではない。苦しみだって、悲しみだってある。それらを分かち合える喜び、というのが、喜びの真実の姿だろう。そして、そこにほんの少しでも、「それでいいのか?」という疑念があったら、それはやってはいけないことなのだ。と、しくじりから新垣は学んだようだ。

 私が現代音楽の作曲家としての新垣の名を頭にとどめたのは、新垣による三善晃『レクイエム』の2台ピアノのためのリダクション(2004)の演奏ステージに接したとき。2007年、東京混声合唱団定期演奏会でのことだ。新垣は三善の門下である。オーケストラと混声合唱の大編成のこの曲を、2台ピアノに編曲するのは、弟子として、相当な決意が必要だったろう。三善のスコアはどれをとっても必然、必要な音でしか書かれていない。それを、自分がいわば料理するのだ。そんな僭越な、恐ろしいことができるか。新垣は、やった。それを、許された。たくさんの門下生のなかから。つまり師は彼に、自分の音の精神と肉体をゆだねたのである。
 このコンサートは忘れられない。ピアノは新垣と、これも才人中の才人、中川俊郎が請け負った。声と音はぶつかり、逆巻き、炸裂した。最後の音が消えて、訪れた静寂。指揮者、山田和樹は静止したまま動かない。ホールに満ちる異様な沈黙。誰も動かない。ステージも、客席も。息づまる静けさが続く。長い。異常に長い。時は止まり、張りつめた空気は峻厳に凍ったまま。どれくらい、たったか。と、山田がガクリと首を垂れ、全身が弛緩した。それを受け、控えめに鳴り始めた拍手。山田は振り返り、客席に三善を探し、杖で立ち上がった師のもとに走り、両手でその手を握りしめ、深く頭を下げる。そのまま、また、動かない。その光景は一枚のイコンのように私の脳裏に焼き付いている。そのイコンの背後には、新垣が居た。作曲家として、ピアニストとして。こういう、たぶん、人が一生のうち一度、出会うか出会わないかの、稀有な、ほんとうに稀有な「音」「人」「時」「場」の「聖なる恩寵」を、新垣は知っている。
 新垣のリダクションは、原曲を知るものには、やはり不満な部分があったが、それでもその力技を私は評価したいと思った。ピアニストとしての腕の冴えは称賛に値した。この頃、すでに新垣はゴーストの仕事をしている。
 このあと、小さな現代音楽作品展のような場で、新垣の作品を聴く機会があったが、特段の印象は残っていない。
 新垣はその後、三善の『響紋』、オペラ『遠い帆』のピアノ・リダクションも手がけた。手腕が認められてのことだろう。


 

 現代のベートーヴェンとして佐村河内が話題沸騰の頃、『交響曲第1番HIROSHIMA』を、私は聴いた。感心しなかった。何より、構成力が弱い、と思った。ゴースト告白の少し前、クラシックの音楽評論家、野口剛夫が指摘したように、バッハやマーラー、ショスタコーヴィチらのつまみ食いパッチワーク、というのは私も感じたが、それはよくある手法で、目くじらたてるほどのことではない。問題は全体の構築で、緩い。したがって、しばしば退屈が襲う。
 そのあと、たまたま民放TVで佐村河内の特集を目にし、彼の音楽帳のページのアップを見た時、違和感を持った。霊感の都度、スケッチしたというノートに、ぎっしり書き込まれた音符はグラフィック・アートのように人工的で不自然に美しかった。こんなスケッチの仕方、音符の書き方を、作曲家はしない。

 『第1番』が新垣の仕事、と知ったとき、私が真っ先に思い出したのは、あのイコンだった。その場に居て、あの特別な空気を、彼は知っている。その彼が、とは思わなかった。人にはいろいろな振れ幅がある。いろいろな欲望がある。「交響曲」という古典的な器に何を盛るか。『第1番』に仕込んだポピュラリティも、要請に応えたものであって、彼の表現者としての欲望の一つの形であることを、どうこう言うことはあるまい。三善の『レクイエム』に向き合った彼と、『第1番』に向き合った彼の欲望の、どちらが高尚だの、真摯だの、比べることではない。どれも表現という同じ根から出たものだ。作品としての評価もそれぞれだ。

 たぶん、あのとき、あのイコンの「聖なる恩寵」の感触を、しっかと握りしめたであろう新垣。しくじりを経て、表現の「心からの喜び」にのみ、純粋に従おうと決めたらしい新垣。ジャズ(私は心惹かれなかった) とクラシックのCDを相次いで出し、コンサート活動も活発な新垣。この6月には『音楽という真実〜音楽は嘘をつかない』という本を出版する新垣。彼がこれから何処へゆくのか。それは、彼の表現者としての欲望に形を与え、彫琢する「魂」の問題で、時がそれを露に洗い出してゆくだろう。

(2015年6月5日記)

本誌/CD『新垣隆 吉田隆一/N/Y』評
http://www.jazztokyo.com/five/five1181.html
http://www.jazztokyo.com/five/five1182.html


丘山万里子

丘山万里子 Mariko Okayama
東京生まれ。桐朋学園大学音楽学部作曲理論科音楽美学専攻。音楽評論家として「毎日新聞」「音楽の友」などに執筆。2010年まで日本大学文理学部非常勤講師。著書に『鬩ぎ合うもの越えゆくもの』『からたちの道 山田耕筰論』(深夜叢書)『失楽園の音色』(二玄社)、『吉田秀和 音追い人』(アルヒーフ)、『波のあわいに』(三善晃+丘山万里子/春秋社)他。東京音楽ペンクラブ会員。本誌副編集長。

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