Vol.95|
纐纈雅代(こうけつ・まさよ)tenor&alto-sax
text: Seiichi Sugita




 纐纈雅代のファースト・アルバム『Band of Eden』(suisui-001)は、同時代音楽としてのジャズ・シーンを全地球的視座で俯瞰するに、いま最も生きている音像たちの喚起である。音のひと粒ひと粒が瑞々しく律している。『Band of Eden』発表以降、ぼくは幸いにも2つの画期を意識せざるを得ない。
 ひとつは、2015年9月18日@Bitches Brewのソロ。もう一つは、2015年8月13日の寿町フリー・コンサートである。
 まずは、寿町フリー・コンサート。寿町とは、いわば横浜のゲットーである。ぼくのターゲットは、ゲットー・ミュージックとしての渚洋子(vo)と、纐纈雅代(as)に照準が絞られる。
 予想だにしなかったのだけれども、渚ようこの<サマータイム>には、久しく忘れかかけていた、慄然すら覚える。きっと、同時代のスナイパーたちは、あのジャニスをすらダブらせたに違いない。ブルースに生きる渚ようこに改めて、目覚めさせられました。
 ぼくが渚ようこに魅せられたのは、ドキュメンタリー映画『ヨコハマ・メリー』である。その<伊勢佐木町ブルース>は、未だ脳裏に深く突き刺さっている。蛇足ながら、「メリーさん」は、必ず帰ってくると約束した米軍将校を待ち続けた白ヌリ・ドレスの「元・オンリーさん」である。 
 これまた、予想だにしなかったことなのだけれども、実は、渚ようこは、纐纈雅代のブロウに触発されて、とめどもなく祈りに似た叫び、<サマータイム>を歌ったのだ。 
 故・相倉久人氏ではないが、「やっぱり、現場にいなくては、駄目!」なのですよ。
 纐纈雅代は、すでに、渋さ知らズの一員として、伊楽旅で定評をおのにしている。渚ようこでの恐いほど扇情的なアルト・ソロの延長線上で、纐纈雅代さんは、渋さ知らズのフロントを担う。あたかも、ゲットーの楽園、その入り口へと誘うように、である。

 纐纈雅代は、2015年9月18日を1歳の誕生日と位置付ける。正確な誕生日は、翌9月19日(38歳)。
 「Bitches Brewで、生まれかわって、1歳の誕生日を迎えることができました。しあわせだ、ありがとう〜。」と纐纈雅代は、fbに記している。
 2014年9月18日、雅代は、全身麻酔で臓器を摘出。その後、大きく作風が変革する。ぼくは、雅代が大きくフィーチャーされた鈴木勲『ソリチュード』(CBSソニー)の発売前から、ほぼ毎月、雅代の生とかかわってきた。『ソリチュード』の録音は、2008年5月20〜22日。同発売は、9月10日。それは、「エリック・ドルフィーの生まれかわり?!」とすら確信させても不思議ではない、デビュー。
 雅代がオマスズ(鈴木勲)コンボから独立後は、ほとんどがソロである。パーカーから出発し、個有のスタイルを確立するにあたり、最も大きな出来事は、孤高のアルト奏者林栄一より自らの楽器であるテナーをプレゼントされたこと。
 あの林栄一をして「ぼくには、テナーは合わない」と言わしめた、テナーを雅代が自ら血肉化していくプロセスは、ときに壮絶で、ときに快楽ですらあった。またたくまに、テナーでもなめらかに歌えるように、なったのである。
 そして、次々にオリジナル曲をも、モノにしていく。完全にソロを積極的に展開したり、将来は7Daysを基本ブッキングしようとしているホーム=根拠地は、おそらく、我がBitches Brewをおいてほかにないはず。雅代ソロのスタート当初からの熱い目撃者たちは、いまも持続するエネルギーを共有している。

 

 サックス奏者の評価は、インプロ=アドリブにある のではない。はっきりいって、いかにうたえるか、否かである。
 別の価値からいうなれば、メロディー・ラインを聴けば、一発で判るってこと。
 「機」はこうして熟した。Now’s the time!
 雅代は、まるでアルトのように、テナーを吹く。雅代にとって、少なくともテナーは、アルトのために在ったのだ。この帰結は、くしくも、孤高のマルチ・リード奏者・竹内直と奇妙に符合する。竹内にとって、フルートも、クラリネットも、バス・クラも、すべてがテナーのためにある。
 「1年前」と比べるまでもなく、誰の耳にも自己変革をなした雅代のアルトはさらによく歌うようになる。
 テナーをもって、内なる自己テロルを劇的に成し遂げた雅代は、手放しでどうしようもなくファンタスティックで、たまらないではないか?
 まるでテナーのように壮絶にインプロバイズドを果てしなく繰り広げ、そして限りなくスポンティニアスに浮上させる、優しきメロディーたち。
 『バンド・オブ・エデン』(suisui)は、満を持して発表された纐纈雅代のファースト・アルバムである。2008年以来の演奏活動は、まぎれもなくこの1枚に集約される。
 『時代をさかのぼって、音楽と絵画をあらっぽく考察すると、おのおのが時代を映すか鏡として、相互浸透している。クラシカルの時代は、まさに、絵に書いたような関係性にあった。ジャズも、オーネット・コールマン『フリージャズ』(1961)までは、そうであった。ジャクソン・ポロックの実物とMOMAで初めて出会ったとき、愕然とする。平面上の床に位置され、あのジャケットのような視座で直視することをまず、拒絶する。絵の具の量はハンパない。ぼくの膝ぐらいの厚さである。まさに、オーネットのコンボと、ドルフィーのコンボが同時に演奏しているよう。
 ところが、ところがである。それ以降は、ぴったりとフィットする絵画が見あたらない。
 纐纈雅代は、『バンド・オブ・エデン』のために自ら絵筆をとる。
 唐突ではあるが、ぼくは、ヒエロニムス・ボッスをオーバーラップさせる。あのサン・ラが、MPS盤で用いた「地上の楽園」「快楽の園」「音楽地獄」を。中世末期の3枚の祭壇画。
 まさに、「想像力の森」!!
 ヒエロニムス・ボッスは、あのレオナルド・ダビンチ(1452〜1599)の時代に生きた。1505年に50歳であったこと、葬儀が、1516年8月5日に行われたという記録からの証左である。
 ぼくには、どうしても纐纈雅代は、「地上の楽園」「悦楽の園」「音楽地獄」から抜け出し、「バンド・オブ・エデン」をもって、「地上の楽園」をこの同時代に創出し、宇宙の彼方への旅の途中に思えるのだ。
 雅代の「エデン」は、人間の本質としての「霊感」にも似た「想像力」、その「歓喜」を神秘的に象徴の領域にまで止揚すべく、鮮烈に「悦楽主義」を貫徹している。
 その対極にある雅代の「音楽地獄」にも、ぼくはかかわってきたなればこその「エデン」に対する賛辞にほかならない。

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杉田誠一
杉田誠一 Seiichi Sugita
1945年4月新潟県新発田市生まれ。獨協大学卒。1965年5月月刊『ジャズ』、1999年11月『Out there』をそれぞれ創刊。2006年12月横浜市白楽にカフェ・バー「Bitches Brew for hipsters only」を開く。著書に、『ジャズ幻視行』『ジャズ&ジャズ』『ぼくのジャズ感情旅行』他。

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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
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